【久米宏さん追悼・緊急企画・架空の小説・全九話】ニュースが沈黙した夜 —— 「10.19」(1988年)〜さよなら、昭和のテレビジョン〜【序章】 2026年の訃報
ここから続く全九話の文章は、小説構成の都合上、必ずしも史実に基づいてはいません。あくまでも小説としてお楽しみいただければ大変幸いです。
雨だった。
まるで、彼が好んで皮肉った日本の湿っぽい政治風景そのもののような、まとわりつくような雨が東京の空を覆っていた。
2026年、初旬、某日。都内の斎場。
祭壇に飾られた遺影の彼は、あの頃と変わらず、少し首を傾げ、世の中の全てを疑っているような、それでいてどこか悪戯っぽい笑みを浮かべている。

「久住さんらしい最期だったな」
焼香を終えた男たちが、喫煙所で紫煙をくゆらせながら呟いた。
かつて、とある民放テレビの東京キー局の報道局で、怒号とタバコの煙の中で青春をすり減らした古き良き戦友の同志だ。
彼らの髪もすっかり白くなり、あるいは薄くなっている。
「ああ。湿っぽいお涙頂戴は御免だ、なんて言いながら、結局みんなを泣かせるんだからな」
「でもよ、俺たちが本当に久住さんの凄みを見たのは、あの夜だけだった気がするよ」
一人の男が遠くを見る目をした。
「あの夜?」
「昭和63年、10月19日だよ。あの川崎球場のダブルヘッダーの日だ」
その日付が出た瞬間、場の空気が変わった。
誰もが、その日の肌触りをすぐ鮮明に思い出したからだ。
「……ああ。久住さんが、ニュースキャスターであることをやめて、ただの『人間』になった夜か」
「俺はあの時、サブ(副調整室)にいた。久住さんは言ったんだ。『構成なんてどうでもいい、今そこで起きていることを映せ』ってな」
男は短くなったタバコをもみ消し、遺影の方を振り返った。
「あの日から始まったんだ。俺たちの本当の戦いは」
記憶は、38年前の秋へと遡る。
バブル経済の狂騒と、まだ昭和だったその頃の天皇陛下ご重体の自粛ムードが奇妙に混ざり合った、昭和最後の秋になってしまった、その頃へ。
