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当時世界最強"ゼロ戦" がアメリカに攻略された話



はじめに補足


僕の記事は基本的に長いので全てを読む必要は全くと言って良い程に無く、

どんなタイミングで終わっていただいても構いません

また、目次を読むだけでも8割型伝わるようにしとります


今回の記事の構成は大体こんな感じです


1、日本軍が強かった話


2、ゼロ戦が当時世界最強だった理由

3、海軍が開発者に投げた無茶ぶり注文

4、アメリカがゼロ戦を攻略したきっかけとその攻略法


大まかにこの4本立てになっております


自分の中で全部できるだけ簡潔にまとめるよう努めております


適当に読んで好きなタイミングで終わる、ぐらいの軽い感覚で読んでいただけますと幸いです



参照資料:


ABEMAニュース(公式)



・atoms699





・AI (ChatGPT、Gemini)







【序章】



日本の歴史を深堀りすると、いつも決まって思う事がある

「日本人という民族は、何たる強い精神力を持っているんだ?」

と…

そのDNAは今も受け継がれてると思うけど
敗戦後アメリカによって日本の歴史教科書は

”一部変更されたと言われている”

なぜなら二度と強くさせないため
むしろ、その牙を抜く必要があったから


それ程までに、アメリカにとって日本という国は軍事的に驚異的過ぎた


実際こんなデータがある

アメリカはあのとんでもなく強かったドイツとも壮絶な戦争をしたけれど、

ドイツと戦った時よりも、なんと

日本(特に硫黄島戦)と戦った時の方が

アメリカ側の死傷者率が約3倍も出たらしい


原因


1. 「降伏」という概念が無い


ドイツ兵は弾が尽きたり包囲されて勝ち目がなくなれば、組織的に降伏して捕虜になるのが普通やった(てか世界中どこもそう)

一方、

日本兵は「死ぬまで戦う」

のがデフォルト

ベルリン戦:街が落ちた時、何十万人というドイツ兵がまとめて投降した

硫黄島:約2万1000人の守備隊のうち、生き残って捕虜になったのはわずか1000人程度だった…

米兵からすれば、「倒しても倒しても、最後の一人が死ぬまで弾が切れても手榴弾かナイフを持って突っ込んでくる…

この終わりの見えない恐怖が、米軍の精神をズタズタにした



2. 「市街地」vs「地下要塞」


ドイツのベルリン戦は「建物」に潜む戦いやった

これは外から重砲や爆撃でビルごと粉砕すれば、中の敵も排除できる

対して硫黄島は、島全体を全長18km以上の地下トンネルで繋いだ


  • ドイツ: 敵の場所が「建物」として目に見える

  • 日本: 地上をいくら火の海にしても、日本兵は地下でピンピンしてた……米軍が通り過ぎた後、「何もないはずの地面(隠し穴)」から突然現れて背後から撃たれて、いつどこから湧いてくるかわからん“見えない敵に殺される恐怖”がついて回った



3. 死傷者率の比較(ベルリン vs 硫黄島)



  • ベルリン市街戦: 攻める側も大きな被害を出したけど、最終的にはドイツ軍の死傷者数の方が圧倒的に多かった

  • 硫黄島の戦い: 米軍(攻め): 死傷者 約2万8000人

  • 日本軍(守り): 死傷者 約2万人 なんと、アメリカ側の方が死傷者が多い、という“異常事態”が起きた


当時の米軍の統計では、太平洋戦線(硫黄島など)での1000人あたりの死傷率は、

なんと

ドイツ戦線の約3倍に達したというデータがある

ドイツ戦も「激しい戦争」やったけど、日本戦は「効率的に殺される恐怖」という付加価値が付いて来たらしい…

もちろん日本だって、当時アジア諸国を植民地にしていたヨーロッパ諸国と同時並行で戦っていた(しかも大半は勝った、負けも無し)

それやりもった上での結果である



本来身長も低く、筋力でも欧米よりは劣っているはずのアジア人が


・剣道、柔道を操り(当時ほぼ義務教育)

・テクノロジーにしても凄い物を作り続ける

・そこまでやるかー?レベルの異常な精神力


アメリカからしたら、もう宇宙人か何かに見えていたのかもしれない




制御せざるを得なかった「驚異の民族」



そらこんな驚異的な民族放っとく訳にいかん


システムから何から、根本的に制御、大手術が必須だった


その一環として

当時アメリカが日本の歴史教科書に手を加える事は、必然っちゃ必然


あくまで当時は書き換える必要があったて話であり、時代は流れて今の情勢で見れば

逆に日本が強なってもらわな困る、ぐらいに見られてるはず


もちろん、前提として

戦争を肯定する気は一切無い、むしろ

当時の敵国達にとって、

日本人は"鬼"に見えたと思う

昔であればある程、戦争というシチュエーションが重なる当時は人間が人間ではなくなる瞬間があったと思う

だからこそ、

もう二度と、あんな悲劇は繰り返して欲しくないし

今この瞬間もどこかで続いてる戦争が
一日も早く終わる事を願う



ゼロ戦が当時世界最強だった理由



まずゼロ戦の何がそんなに強いのか軽く説明すると

・速い

・小回り効き過ぎ

・長距離飛べ過ぎ

・銃弾強い


これが何を意味するか

速いのにギュンギュン曲がるから

敵がゼロ戦の後ろを取ったとしても、即座に形勢逆転

逆にゼロ戦が敵の後ろを取る事になる

しかも速いから逃げられない

ゼロ戦と1VS1で戦おう物なら

まあ〜ほぼ確で勝てなかった


ゼロ戦には、

「燕返し」(ツバメがえし)


という技がある

もしくは

「捻り込み」(ひねりこみ)

とも呼ばれる


宙返りで敵の背後に回り込む


敵がゼロ戦の後ろを取ったはずやのに、次の瞬間

→ 斜め後ろにグッと宙返り

→ 一瞬視界から消える

→ 気づいたら、後ろにおるのはゼロ戦やった

→ そして撃ち落とされる




これが唯一可能だったってのが、ゼロ戦が

当時世界最強だった所以である



で、当時そんな飛行機を作るなんて単純に無理だったはず


なぜなら

・長距離飛べる=燃料大量=重い

・銃弾強い=20mm砲=重い

・めっちゃ曲がれる=軽くする必要

・めっちゃ速い=軽くする必要

・速くなる=機体を頑丈にする必要

高速時の空気圧がエグくて機体壊れる

だから、

→ 骨組みをゴツくする必要=重い



要するに当時の技術では、作ろうとしてる物がもう色々矛盾し過ぎている…

単純計算これを作るのは不可能


けれども日本人はやっちゃうんだよな……



海軍が開発者に要求した無茶ぶり注文



① 「めっちゃ速くてめっちゃ曲がってめっちゃ遠くまで飛べるようにせえ」


普通はどれかを捨てる必要がある

スピード重視 →エンジンや骨組みで機体が重くなる = 曲がりにくい

航続距離重視 → 燃料増す→ 重くなる=曲がりにくい


なのに海軍は


「それでもめっちゃ曲げろ」
と言っている…



② 「空母にいっぱい乗れるようにコンパクトにしてな」


空母で運ぶから

・翼は折りたたみ式or小さく

・飛び立てるまでの距離も最短でよろしゅう

つまり

性能バケモンやのにサイズ制限付き



③、 ①の

「長距離飛べるようにしてな」の詳細


当時の戦闘機では異例の超長距離飛行が可能(2000km以上)

→これにより「真珠湾攻撃」が可能となった

てか

・燃料大量に積め(重い)
・でも軽くしろ
・戦闘性能も落とすな

→ 矛盾の無茶ぶり3連コンボやった



④ 「重武装(20mm機関砲)積んで」



当時の常識:

軽戦闘機=軽武装

やのに海軍は

「20mm砲載せろ」と要求して来る

→ めっちゃ重い

→ 反動もデカいから機体の強度も必須

 軽量設計からまた矛盾した事ゆうとう




⑤ 「最高速度も世界トップクラスで」



当時のライバル機と互角以上のスピード

しかも軽くて長距離で旋回も最強にせえと…?



海軍の無茶ぶり注文を現代風に例えるならこんな感じ

「燃費最強でフェラーリより速くて、トラック並みの重装備で軽自動車並みに小回りがきく車を、今すぐ作れ」

と言っているようなもの

なんとなく、無茶ぶりの中でもふざけてるレベルであることが
お分かりいただけただろうか




設計者のプロフィール



設計者は沢山いたけどその代表者

ジブリ映画「風立ちぬ」でも有名


あの「ゼロ戦」を作った人物こそが



堀越二郎


ゼロ戦の親


学歴:東京帝国大学 工学部(航空工学系)

職業:航空機設計者(チーフエンジニア)

所属:三菱重工業(当時は三菱航空機)


ゼロ戦は確かにチームで作られている

だが

「どんな飛行機にするか」という“思想”を決めたのは堀越二郎さんだった



堀越さんはたぶんこんな事をまず思ったのではなかろうか


「海軍の要求エグいて…

そんなもんどないして作れっちゅうねん…?

あの人達一体何をゆうてはんの…?!」


堀越:「海軍さん、ちょっと流石に不可能な事という物がございまして…

その…今回は物理学的に、私ですら造り方をお伺いしたいぐらいの難易度でして…」


海軍:「知らんわ。ええからやれや?

それさえ造ったら、アジアを欧米の植民地支配から全部救えるんやで?

お前がやらんかったら一体誰がやるねんな?

これはな、日本一国だけの問題とちゃうゆうとんねんこちとら」



堀越:「………ははー!m(_ _)m承知致しましたー!m(_ _)m」

(全て僕の勝手な想像)


冷静に考えて、無理なもんは無理

なのにその時何があったか知らないが、後に
堀越さんは結局ゼロ戦を完成させてしまう事になる……


彼は決断した


堀越:「もうええ、

防御捨てるわ…被弾した時は自己責任って事でよろしゅうたのんます…

素材はジュラルミンが丈夫で軽い、けどそれでも要求の軽さに満たない…

→もう徹底的に物という物を削ぎ落とすしかない…!

条件自体は、これで満たせる!!」

(僕の想像)


もう所々穴までいーっぱいくり抜いて空けて

海軍の要求通りの軽量化を
ついに実現させてしまった…


そして爆誕した、当時世界最強


零式艦上戦闘機
(れいしきかんじょうせんとうき)

通称:ゼロ戦



AIの描いた作品凄過ぎ笑



なんという男だ
不可能を可能に変えてしまった…

このゼロ戦は後に

「奇跡の飛行機」として、アメリカからも恐れられるようになった



まとめると、ゼロ戦とは

防御する事を想定して造られていない


完全に攻撃へ特化

弾当てられた時は自己責任という…


まさに

"サムライ戦闘機"

である

他国と違って盾を使わない侍の戦い方は

それ程の強い覚悟が備わっている


被弾=死ぬ確率超高かったから

そらパイロット達も必死に動くわけ
訓練も鬼のようにやる


だが、ある出来事をきっかけに

この奇跡の飛行機は
アメリカに攻略される事になる……




アメリカがほぼ無傷のゼロ戦を
手に入れてもうた



そない破壊されてないゼロ戦



1942年、アラスカのアクタン島

何が起きたのかをざっくり説明する


1、零戦が戦闘中に被弾


燃料系トラブルで不時着を試みる

しかし着地はうまくは行かず機体はひっくり返ってパイロットは死亡した

→機体はほとんど無傷のまま放置された


本来であれば、ペアの一人が機体を破壊するように命令されていた

ただ、その時戦友がまだ中で生きてる可能性を案じて破壊しなかったらしい


そら撃てないよ
友人殺してでもゼロ戦破壊なんて無理無理


2、機体はそのまま放置された


3、約1ヶ月後アメリカ軍がたまたま通って発見


アメリカとしては、ゼロ戦がなぜあんな動きが出来るのか謎で謎で仕方がなかったので

長年喉から手が出るほどゼロ戦が欲しかった

それが目の前に落ちてる…!


速攻で回収し、機体を入念に修理して実際に飛ばしては
研究し尽くした…




アメリカがゲット



この時点で、ゼロ戦終了のお知らせ

ゼロ戦の弱点が全部バレて

アメリカは徹底的にゼロ戦の弱点を突く戦いに切り替えた


結果→形勢は大逆転

以降制空権は、日本からアメリカに渡る事となった


僕が思うに、これはいつかは起こり得た事

このパイロットじゃなくても、そんな機会はいくらでも長い戦いの中で発生したと思う

だからこのパイロットだけの責任ではない


アメリカの、研究力と攻略法を編み出す"発明力"が凄過ぎただけ

それに、日本の暗号だって解読されてたし、数や資源だけじゃなく情報戦でも圧倒的に負けてた



アメリカが編み出すゼロ戦攻略法



ゼロ戦の弱点


は、防御が無いだけではないねん

致命的にマズかった点がもう1つ…

それが、

超高速の急降下時の機動性が悪い


これが分かってからアメリカは考えた


「上から急降下銃撃し、そのまま全速力で離脱する、を繰り返せばゼロに勝てるんじゃね?」


結果は大当たり

これを始めてから、ゼロ戦は勝てなくなった



上から急降下ヒット&アウェイの繰り返し



ただでさえ数の暴力で負けてるのに、ゼロ戦得意の旋回戦まで封じ込められてしまった



これを機に、ゼロ戦は特攻用の飛行機へと転換されることになった…


→理由  

もうそれしか勝てる道が残されてないから……

この時点で、普通の国なら降伏してる


だけど日本人は降伏しないんだよな……




この続きの話はさすがに長文過ぎるので次回に回します


次回、映画「永遠のゼロ」のモデルとなった

富安俊介中尉伝説の特攻シーンを解説します


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