文系・未経験・知識ゼロ。理数系が苦手だった私がシステムエンジニアになれた理由
「短大は国語科で、理数系は苦手。コンピュータなんて触ったこともない」
そんな私が、なぜシステムエンジニアになれたのか。
今になって思えば、なんとも不思議で、でもとても私らしい“成りゆき”だった気がします。
※尚、これは40年も昔の話で、今とは全く時代背景が違うので「これを読めばあなたもシステムエンジニアになれる!」という話ではありません。あしからず。
あ!でもここで読むのを止めないで~\(^^)/
どうか最後まで読み進めてみてください。何かヒントはあるはず(笑)
本と坐禅と、夢みる夢子だった私
まず、学生時代の私がどんなタイプの人間だったのかを簡単に説明しておきます。
中高生の頃は、読書とマンガばかり。
ヒューマンドラマや恋愛小説にはあまり興味がなくて、もっぱら推理小説やSFばかり読んでいました。
短大時代は禅や仏教にハマって、お寺の坐禅会に通ったりしていました。
経済活動にはまったく無関心で、まさに夢みる夢子。
本当は「会社勤めなんかしたくない、家にいて誰にも会わず、本やマンガをずっと読んでいられたらいいのに」
って思っている一方で、
「いや、人間そんなことではいかん、若い頃の苦労は買ってでもしろというではないか、あえて苦手なことにもチャレンジしなければ!」
みたいな葛藤も常にありました。
すべては、雑談のひと言から
卒業を目前にしたある日、アルバイト先の上司がふと口にした
「これからはコンピュータの時代だよ」というひと言に、何か「ピン!」ときた感覚がありました。
そのとき私は、コンピュータのことなんてまったく知らなかったし、興味もありませんでした。
でも、まったく知識がなかったからこそ、“怖いもの知らず”になれたのかもしれません。
就職情報誌で見つけた「システムエンジニア」という職業に、「面白そう!」と思いました。
その理由は「プログラミング」ではなく、「調査・分析」という言葉。
情報を集めて、整理して、自分なりに考える――
そんなことが、実は自分の好きなことだったのかもしれないと、あとになって気づきました。
自分で探して、自分で決めて
私は人に相談せず、自分で決めて行動してしまうタイプ。
当時通っていた女子短大には、コンピュータ関係の求人なんて来ていなかったので、自分で探しました。
一件目の面接では、あっさり適性テストに落ちました。
でも、不思議とめげなかった。
その頃の私は、“古民家の縁側でノートパソコンのようなデバイスを使っている男性の未来予想図”のイラストに出会って、「こんなふうに、家で人に会わずに働けるならいいなあ」と、コンピュータの仕事の“その部分”に憧れていたんです。
当時はまだデスクトップのパソコンすら普及していない、コンピュータといえば大型汎用機の時代です。だからそんなことは夢のまた夢だったのに、です。
※このエピソードは別アカ「ルル@AIでひらく幸せシニアライフ」の自己紹介記事に書きました。↓↓↓
でもそれが、私のいちばんの原動力だったのかもしれません。
事務職として入り、勉強しながら働いた日々
二件目の面接で受かったのは、小さなシステム会社。
社長は大手を辞めて独立したばかりで、まさにベンチャーの走りのような会社でした。
しかし実は私が採用されたのは「一般事務」。技術職を希望して応募したのですが、ちょうど女性事務員が辞めるタイミングだったこともあり、「まずは事務をしながらプログラミングを勉強したらどうか」と言われたのです。
事務の仕事は総務も経理も雑用も、すべて含まれていて大変でしたが、何もかもが新鮮で、若かった私はそれなりに楽しくやっていました。
先輩技術者が、仕事の合間にCOBOLやBASICの基礎を教えてくれて、それが私の最初の“学び”でした。
この時期に経験したことは、のちにフリーランスになった私にとって、大きな財産になりました。
強く希望して、ようやく現場へ
本来は、事務の後任が決まり次第、システム部へ異動のはずだったのですが、なかなか話が進まず、やきもきしたことを覚えています。
それでも、たぶん私ははっきりと「異動させてくれなければ辞めます!」くらいの勢いで希望を伝えたんだと思います。
実際には、教科書を読んだくらいで、まともにコードも書けないまま、
いきなり大手都市銀行のシステム開発現場に“派遣”されました。
なぜ、それでもやっていけたのか
答えはシンプルです。
「時代」が、私を受け入れてくれた。
当時はバブル期で、技術者がまったく足りていなかった。
派遣法などまだ無くて、二重派遣・三重派遣も当たり前。
とにかく誰でもいいから「技術者」を集めろ!みたいな状況だったので、私のような“実は何もできない新人”であっても、一流企業の技術者として大きな現場にもぐりこむことができたのです。
今では考えられないような状況かもしれませんが、それが現実でした。
そして、10年が経っていた
現場では毎日、不安とプレッシャーの連続。
技術も経験も足りない私は、つねに自信のないまま働いていました。
でも、気づけば10年が経っていた。
たぶん、私は自分なりにがんばっていたのだと思います。
うまくできなくても、目の前のことに真剣に向き合っていたから、なんとか続けてこられた。
振り返ってみると、それは「才能」や「適性」ではなく、
ただ「やってみたい」という気持ちと、「小さな一歩を踏み出したこと」からすべてが始まっていた気がします。
ピン!ときたらゴーサイン
「理数系が苦手だったのに」「経験も適性もなかったのに」
そんな私がシステムエンジニアとして働けたのは、
確かに“運と縁とタイミング”に恵まれていたのかもしれません。
でもそれは、私だけの特別な魔法じゃないと思うのです。
本気でやってみたいと思ったとき、ふと出会った言葉やイメージに背中を押されて、
ほんの少しの勇気を出して動いてみた――
それがたまたま、そのときの時代や状況とうまく噛み合っただけなんです。
だからもし、あなたが今「やってみたい」と思っていることがあるなら、
それだけで、もうすでに何かが始まっているのかもしれません。
自分にできるかどうかよりも、「信じて進んでみる」こと。
ピン!ときたら、ゴー!!
↓↓↓ につづく
