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システムエンジニアだった私が、フリーランスのWebデザイナーとして独立するまで

前回の記事「文系・未経験・知識ゼロ。理数系が苦手だった私がシステムエンジニアになれた理由」の、その後の話です。


システムエンジニアとして10年近く働いたあと、私は会社を辞めて、フリーランスになりました。いわゆるWebデザイナーとして、在宅で仕事をするようになりました。

こう書くと、「夢を叶えるために独立した」とか、「スキルを身につけて在宅ワークへ転身した」みたいな話に聞こえるかもしれませんが、実際はもう少し、ゆるやかで、偶然が重なったような流れでした。


過酷な職場と、がんの告知

システムエンジニアの仕事は、正直、かなりハードでした。深夜残業、休日出勤は当たり前。会社に寝泊まりする人もいましたし、過労で体調を崩す人も多かったです。

でも、最初からそういう世界にいたので、それが普通だと思っていました。実際、自分もその環境に慣れてしまっていたのだと思います。

ところが、33歳のときに乳がんになりました。

「まさか自分が」と思う反面、「やっぱりね」とも思いました。毎日がストレスフルで、体も心もギリギリだったからです。

そして正直なところ、病気だとわかったとき、心のどこかで「これで仕事を休める」とホッとした自分もいました。

がんになったのは、生き方を見直すようにという天からのメッセージだと感じました。

はじめての在宅勤務と、ホームページとの出会い

幸い早期発見だったので、大きな治療はせずにすみました。職場にも復帰できましたが、もう以前のような働き方はしたくありませんでした。そこで在宅勤務を希望しました。

当時は、在宅勤務というスタイル自体がまだ一般的ではありませんでしたが、私の体調を考慮して会社はそれを受け入れてくれました。

その頃、ちょうどインターネットが普及しはじめていて、社員向けにプロバイダのアカウントが配布されました。

面白半分で自分のホームページを作ってみました。ホームページ作りは独学で、デザインもちゃんと学んだことはないけれども、もともと文章や絵をかくことが好きだった私は、いわば水を得た魚のようでした。

当時は、なにしろ前例もルールもなく、現在のように何もかもが商業化され規制された窮屈なネットの世界ではなかったので、自分で思いついたアイデアをどんどん形にしていくことが、楽しくてしかたなかったです。

まさかの初仕事

最初は完全に趣味でしたし、それが仕事につながるなんて思ってもいませんでした。そもそも「Webデザイナー」なんて言葉すらなかった時代です。

でも、そのホームページに載せていたGIFアニメーションを見て、ある会社の社長さんから「こういうものを作ってほしい」と依頼が来ました。

今なら無料でいくらでもころがっているような簡単なアニメーションでしたが、当時そういうものを作れる人はまだあまりいなくて、思いがけないほどの報酬をいただきました。

再び出勤、そして決断

その頃、本業のほうでは在宅勤務から、出勤に戻っていました。インターネットはまだ仕事には活用されておらず、仕事のやり取りは電話やFAX、対面が中心だった為、在宅では仕事に支障が多かったからです。

復帰後しばらくは会社も配慮してくれていましたが、次第に仕事量や負担が増えていきました。このままではまた体を壊す、という危機感がありました。

そんなときに、自分のホームページ経由で依頼された仕事を通して、「家にいながらできる仕事」が本当にあるのだと実感しました。

そのとき、「会社を辞めよう」と思いました。迷いはありませんでした。

がんになった理由はストレスだと、私は信じていました。命に関わるかもしれない病気を経験したあとの自分には、「もう無理はしたくない」という気持ちが強くなっていました。

「これからは、やりたくないことはしない。やりたいことだけやろう」と心に誓っていました。

フリーランスのはじまり

会社を辞めてからは、最初に依頼をくれた社長さんの会社から、継続してWeb関連の仕事をいただけるようになりました。

その会社は、当時としては先進的なネット企業で、ポータルサイトやネットショップ運営など、さまざまなことにチャレンジしていました。

仕事はいくらでもあって、結局、私はフリーランスとはいっても、その会社の専属下請けのような立場で、ホームページ作成のほかにも、さまざまな仕事を手伝っていました。

しかし何もかもが自由で、家でできて、自分のペースで働けました。楽しかったし、やりがいもありました。

自分らしく流れに乗って

そんな訳で、独立を目指してがむしゃらに頑張ったというわけでも、こつこつビジネスプランを練ったわけでもないのです。

ただ、自分の心が導く方へ、無理なく、自然に流れていったら、いつのまにか、昔あこがれていた「家にいながら仕事ができる暮らし」が現実になっていたのです。



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