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桜と感謝の最期



今回言葉に統一感もなく、とめどなく書いております。乱筆お許しください。




ある人が言った。





桜の木のような人だよね。力強く深く根を張り、大きくハグするように枝を広げて。淡いピンク色のお花で、毎年見る人を優しい気持ちにさせてくれるの。
どんな時でも桜の花を見上げたら、みんなつい微笑んでしまう。ふと穏やかな気持ちになれる。大きく深く皆を包み込んでくれる、そんな人…




素敵な言葉をいただいた。




noteをはじめてから定期的に綴ってきた母の記録。先日、約4年の闘病生活に終止符を打った。


人がその命を終える瞬間、
とても、とても呆気ない。そして儚い。
目の前に残る体温が、私たちを虚しさで包んだ。




■最期の一週間


母にとって最期になった一週間、仕事を降りさせてもらい精一杯そばで共に時間を過ごした。

仕事の調整をさせてくださったクライアントにとても感謝している。そしてあの時仕事より母を選べた自分にも今となっては感謝している。



想うことはたくさんある。

いくらでもある。



急に寂しくなることもあれば

かけられる言葉で胸が苦しく、息が詰まることもある。




治療のために必要だから、と亡くなる数時間前まで母の様子を動画に収めていた。写真もある。
「気が動転していた」「わからない」では済まされないと思って必死にカメラを回していた。


こんなに良い人が、何故最期に苦しまなければいけないのか。変わってあげたい。痛みを分けてほしい。


でも、何もしてあげられなかった。



今となっては苦しくてたまらない。
でも消すことはもっとできない。


これが最後の、本当に最期の記録だから。




ばばの時とはまた違う苦しさ、哀しさの中、
母の声が聞こえなくなってすぐには言葉も出なかった。


それから数日、精一杯搾り出した言葉たち。



■お別れまで


今回、母とのお別れまで一週間与えられた。

哀しみに耽っている姿よりも、母との思い出を胸に感謝の気持ちで送り出す姿の方が母は嬉しいはず。生前もそう言っていた。

今まで知らなかった母の一面を見ることに。
本人の中で抱えていたものの大きさや重さ、家族にはそれを見せんとする努力、絶えなかったであろう心労、精一杯やってたつもりだけどなぜもっと寄り添ってあげられなかったんだろう、気づけなかったんだろうと思い苦しかった。



苦しさに襲われたかと思えば、
近しい方々に葬儀について連絡を取る中で

「いつも温かい言葉をかけていただいてね」
「ご自分も体調が悪いのにこちらを気遣うメッセージくださってね」

母の人間性を外から実感し、こちらの心が温まる言葉を沢山いただいたり。



感情が忙しい一週間だった。


ご経験されている方が多いでしょうから共感いただけることと思いますが、やらなきゃいけないことが山積み。正直、悲しむ余裕はありませんでした。


さらに葬儀までの一週間、入っていた仕事には予定通り出勤。それができたのは父がかなり頑張ってくれたおかげでした。



頑張ってえらかったでしょとか、そんなことを言いたいのではなく。


やっと、心から音楽に救われた時間だった。


「辛い時は音楽が救ってくれるから、
音楽があってよかったと思う時が来るから」

母の闘病が始まった頃にそう言葉をくださった方がいた。



当時は、その言葉の意味を実感できる機会はあまりなかった。頭の片隅には絶対母のことがあるし、集中できていないことも多々あった。
心が直結している音楽はむしろ煩わしい存在に思うこともあった。


ただ、こうして終わりを迎えた時には私にも実感できた。


葬儀までの一週間はベートーヴェンの「第九」と名曲「大地讃頌」。合唱団の歌声と本番へ向けて集中力が高まるオーケストラのパワーに心から救われた。


■やってきた別れの時


母の通夜の日、実は本番と被ってしまいどうしようかと。でも迷いは一瞬。母なら「自分のやるべきことやってから来なさい」そう言うはず。おかげで私は素晴らしい音楽に心を潤してもらい、その足で会場に向かった。通夜の後、お話しをしたりメッセージを書いていただいている間に、母が生きている間に聴かせてあげられなかった自分の演奏を手向けることができた。

それを見守ってくれていたのは母と子育てを奮闘していたご近所のママたち、共に育ってきた大切な人たち。母にだけ聴いてもらえればと思っていたからちょっと恥ずかしかったけど、チェロ続けてきて良かった。

そして、本番降りてたらきっとできていなかった。神様からのご褒美だったのかもしれない。


二度と訪れない、とても尊い時間だった。



祭壇には母のクロスステッチの作品を並べた。みんなに見てもらって今頃照れてるかな。

私にプレゼントしてくれた作品



お花が大好きだった母。
最後は溢れんばかりのお花と、来てくださった皆さんからのお手紙と、母を大切に想ってくださっている方たちに見送られ、我が家へ帰ってきてくれました。


おかえり。



■数日経過して

言葉を綴っている今日は春らしく暖かい日。
自転車に乗って、風に吹かれて、気持ちがいい。
そして辺りの木々の鮮やかなこと。
ここのところ家の整理で追われているからか、久しぶりに陽の光や色彩を感じている。




お母さん、春が来たよ。
お花いっぱい咲いてる。とてもきれいだね。
ぽかぽかしてあたたかいなあ。お母さんみたい。


私ね、お母さんが逝っちゃって、春が嫌いになるかもしれないと思った。でも、今のところそんなことなさそう。この鮮やかに咲いてる花たちに笑顔を向けられてるの。大丈夫、安心してね。


これからは家族の目を通して色々な景色見せてあげるからね。楽しみにしててね。

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