「バベルの塔」天まで届かなかった、人間のいちばん大きな夢

プロローグ:横へ、ではなく、上へ
みき:教授、前回の最後に予告していただいた絵ですね。ピーテル・ブリューゲルの『バベルの塔』。
教授:そうですな。前回の『東海道五十三次』は、江戸から京都まで、地上を横へ横へと旅する絵でした。今日はその正反対。ひたすら上を目指す絵を見にいきますよ。
みき:上を目指す。塔の絵だからですね。
教授:はい。『バベルの塔』は、天まで届く塔を建てようとした人間たちの物語です。けれども今日、いちばん覚えておいてほしいのは──この塔が、完成していない、ということですよ。
みき:完成していない。建っている途中の絵、ということですか。
教授:その通り。みきさん、この絵をぱっと見ると、巨大な塔がもう建ち上がっているように見える。けれども、てっぺんはまだ雲に隠れ、足場が組まれ、職人たちが働いている。下の階は完成しているのに、上の階はまだ煉瓦がむき出しなんです。
みき:……つまり、ずっと工事中。
教授:そう。今日はね、この「永遠に工事中の絵」を、ゆっくり一緒に登ってみましょうか。
ピーテル・ブリューゲル ── 農民を描いた画家が、塔を描く
みき:教授、まず画家のことを教えてください。ブリューゲル、というお名前は聞いたことがあります。
教授:はい。ピーテル・ブリューゲル。今日の主役は、正確には「ピーテル・ブリューゲル(父)」と呼ばれる人ですよ。
みき:わざわざ「父」とつくんですね。
教授:このブリューゲルには、画家になった息子が二人いましてな。長男も父と同じ「ピーテル」を名乗ったので、絵の区別がつくよう、後の世の人が「父」「子」と呼び分けたんです。今日の主役は、一族の出発点になった「父」のほう。生まれた年は、はっきりとは分かっていません。一五二五年から三〇年ごろ、いまのオランダとベルギーにまたがるネーデルラントという地方で生まれた、とされています。
みき:生年も分からない。
教授:当時の画家は、よほどの名門でないかぎり生まれた記録が残らないんですよ。確かなのは、一五五一年にアントウェルペンの画家組合に加わったこと。そして若いころ、イタリアまで旅をしたことですな。
みき:イタリア。絵の修業ですか。
教授:当時の北の国の画家にとって、イタリアは美術の本場でした。ブリューゲルもアルプスを越え、ローマまで足をのばしている。この旅が、のちのち効いてくるんです。覚えておいてくださいな。
みき:教授、ブリューゲルというと、どんな絵を描いた人なんでしょう。
教授:いい質問ですな。彼がいちばん知られているのは、実は塔の絵ではないんですよ。農民の暮らしを描いた画家として有名なんです。雪のなかを帰る狩人、結婚式の宴会、村のお祭り。当時の絵の主役だった王さまや聖人ではなく、名もなき庶民を画面いっぱいに描いた人ですな。
みき:ふつうの人々を描いた画家。
教授:そう。だからこそ面白いんです。その「庶民の画家」が、聖書のなかでもとびきりスケールの大きな物語──天を衝く塔を描いた。今日見るのは、そういう一枚ですよ。

旧約聖書のバベル ── 言葉が通じなくなった日
みき:教授、その「バベルの塔」のお話、名前は知っていますが、中身はあやふやです。
教授:では、そこから始めましょう。『バベルの塔』は、旧約聖書の「創世記」に出てくる物語です。短い話なので、かいつまんで話しますな。
みき:お願いします。
教授:大昔、地上の人間は、みんな同じ一つの言葉を話していた。意思がすべて通じ合う状態ですな。その人々がある平野に集まり、こう考えた。「天まで届く塔のある町を建て、自分たちの名を高く知らしめよう」と。
みき:天まで届く塔。すごい目標ですね。
教授:ええ。人間は煉瓦を焼き、アスファルトを接着剤にして、塔をどんどん高くしていった。ところが、これを見た神が、こう言うんです。「人間は一つの言葉で心をひとつにすれば、何でもやりとげてしまう。ならば、彼らの言葉を混乱させよう」と。
みき:言葉を、混乱させる。
教授:そう。神が人間の言葉をばらばらにすると、職人同士で話が通じなくなる。「煉瓦を持ってこい」と言っても伝わらない。工事はそこで止まり、人々は言葉の通じる者どうしで、世界じゅうに散っていった──。
みき:……それで、塔は未完成のまま。
教授:その通り。これが、プロローグでお話しした「完成していない塔」の正体ですよ。物語のうえで、この塔は最初から完成しない運命なんです。
みき:教授、「バベル」というのは、どういう意味なんですか。
教授:鋭いところを突きますな。「バベル」は、聖書のもとになった古い言葉で「混乱する」を意味する言葉と、音がよく似ているんです。物語は「言葉が混乱した場所だから、その町はバベルと呼ばれた」と語る。地名と教訓が、ひとつの言葉に畳み込まれているわけですな。
みき:教授、ひとつ気になりました。これは、本当にあった話なんでしょうか。
教授:いい問いですな。私たちはこのシリーズで何度も事実と伝説の境目を見分けてきました。これもその一例。バベルの塔そのものが実在した確証はありません。ただ、その背景には、古代メソポタミアに実在したジッグラトという、煉瓦を積み上げた巨大な聖塔があった、と考えられています。
みき:本物の塔が、物語のヒントになった。
教授:そうとも言われます。実在の巨大建築を見た古代の人々が、「人間はなぜ、ここまで高いものを建てたがるのか」という問いを、ひとつの物語にした。事実そのものではないが、事実から生まれた寓話。バベルの塔は、そういう絵なんですよ。
塔を読み解く ── ローマの円形闘技場と、傾いた土台
みき:では教授、ブリューゲルの描いた塔そのものを見ていきましょう。
教授:はい。まず驚いてほしいのは、その緻密さです。塔は画面のほとんどを占め、らせんを描いて上へのびていく。各階にアーチが並び、足場が組まれ、表面には米粒のような職人が、何百人と描き込まれているんですよ。
みき:何百人……。一人ひとり、描いてあるんですか。
教授:そうなんです。煉瓦を運ぶ者、石を切る者、滑車で資材を引き上げる者。塔のふもとには船が着き、荷が陸あげされている。ブリューゲルは塔という一個の建物に、ひとつの町がまるごと働く様子を描き込んだんですな。
みき:教授、この塔の形、どこかで見たことがある気がします。丸くて、アーチが段々になっていて。
教授:おお、いい目ですな。それこそが、この絵のいちばんの仕掛けですよ。この塔の形は、ローマのコロッセオ──あの古代ローマの巨大な円形闘技場に似せて描かれているんです。
みき:あ……さっきの、イタリア旅行。
教授:そう、つながりましたな。若き日のブリューゲルは、ローマでコロッセオを見ている。その記憶が、何年もたってこの塔の姿になった。聖書の物語を、彼は自分の目で見た現実の巨大建築の姿で描いたわけです。
みき:見たことのないものを、見たことのあるもので描く。
教授:うまい言い方ですな。さらに、ローマのコロッセオは、ブリューゲルの時代にはもう半分崩れた廃墟でした。かつて大帝国が建てた巨大建築が、千数百年たって朽ちている。その姿を塔のモデルにしたところに、彼の皮肉が効いているんです。
みき:「どんなに大きなものを建てても、いつかは崩れる」。
教授:その含みですな。そしてもう一つ。この塔をよく見ると、ほんの少し傾いているんですよ。
みき:傾いている……。まっすぐ建っていない。
教授:そう。土台の岩や地面が、塔の重さを支えきれていないように描かれている。下の階はもう古び、上の階はまだ工事中。完成する前から足もとがあやしい。建ち上がる途中で、すでに崩れはじめている塔。神が言葉を混乱させるより前に、ブリューゲルはこの塔の運命を、建物の姿そのものに描き込んでいるんですな。
みき:……教授、ちょっと、こわい絵ですね。
教授:こわいですな。けれど、それだけではありません。崩れるかもしれないと薄々わかっていても、何百人もの職人は今日も煉瓦を積んでいる。そのひたむきさもまた、この絵には満ちているんですよ。

二つのバベル ── 大きい塔と、小さい塔
みき:教授、ここまで一枚の絵のように話してきましたが……調べていたら、ブリューゲルの『バベルの塔』、絵が二枚あるみたいなんです。
教授:ふふ、よく気づきましたな。その通りです。いま残っているのは二枚。若いころローマで描いたもう一枚は、失われてしまいました。残る一枚は、ウィーンの美術史美術館に。一五六三年の年記がある大きいほうの絵で、縦一メートル余り、横一メートル半ほどの堂々たる一枚。「大バベル」と呼ばれます。
みき:もう一枚は。
教授:もう一枚は、オランダのロッテルダムにある小さいほうの絵で、縦も横もウィーンのものの半分ほど。「小バベル」と呼ばれます。描かれた年ははっきりしませんが、大バベルより少し後だろうと考えられています。
みき:同じ画家が、同じ題材を、大小二枚。何が違うんですか。
教授:これがね、見比べると面白いんですよ。大バベルのほうは、塔の手前に王さまの一行が描かれ、職人たちが地面にひざまずいて出迎えている。この王は、伝統的に、塔の建設を命じたとされる伝説の王ニムロデだと言われています。
みき:塔を建てさせた王さま。
教授:そう。つまり大バベルには「人間の側の物語」が描き込まれている。王がいて命令があり、それに従う職人がいる。地上から見上げた、人間の目線の絵ですな。
みき:では、小バベルのほうは。
教授:小バベルには、その王の一行がいないんです。塔だけが、暗く不穏な空のもとに、ぽつんと建っている。色も重く、空気も冷たい。まるで高いところから見下ろしたような塔ですな。
みき:……人間の物語を消して、塔だけにした。
教授:そう感じる人が多いですな。同じ画家が同じ塔を二度描いた。一度目は人間のドラマとして、二度目はもっと静かで、突き放した何かとして。二枚並べると、ブリューゲルがこの題材を二度考え直した跡が見えるんですよ。

小バベル
ボスを超えて ── 先輩から受け継いだもの
みき:教授、前回までの絵との繋がりはありますか。
教授:ありますよ。しかも、すぐ近くにね。みきさん、二回前のvol.16で見た絵を覚えていますか。
みき:……ヒエロニムス・ボスの『快楽の園』。一枚の絵に、天国と地上と地獄を詰め込んだ、あの不思議な絵ですね。
教授:そう、そのボスです。実は、ブリューゲルが画家として世に出たころ、ボスはもう亡くなって名画家として伝説になっていた。そして若いブリューゲルは、しばらくのあいだ「第二のボス」として売り出されていたんですよ。
みき:ボスのまねをしていた、ということですか。
教授:まねというより、先輩の発明を受け継いだ、というのが近いですな。当時ボスは大変な人気で、出版元がボス風の怪物画をブリューゲルに描かせ「ボスの作」として売ったことさえあったほど。けれども、ブリューゲルはそっくりさんで終わらなかった。ボスから「一枚の絵に世界をまるごと詰め込む」スケール感を受け継ぎながら、ボスの空想の怪物のかわりに、現実に働く人間を描いたんです。
みき:あ……。バベルの塔の、何百人もの職人。
教授:そこにつながるんですよ。ボスは頭のなかの地獄を描き、ブリューゲルは目の前の人間を描いた。同じ「世界を一枚に詰め込む」絵でも、中身を空想から現実へと入れ替えた。先輩から受け継いで、先輩とは違う場所へ歩いていった画家なんですな。
みき:受け継いで、超えていく。
教授:いい言葉ですな。ちなみに、この絵が二〇一七年に日本へ来たときの展覧会も、キャッチコピーに『ボスを超えて』と掲げられていたんですよ。ブリューゲルを語るとき、ボスという先輩は、どうしても外せない出発点なんですよ。
二十四年ぶりの来日 ── なぜ、未完成の絵に惹かれるのか
みき:教授、その二〇一七年の展覧会の話、もう少し聞かせてください。
教授:はい。二枚のうち小バベルのほう──ロッテルダムにある小さいバベルが、二〇一七年に日本へやってきたんです。東京と大阪で公開されました。
みき:日本で、本物が見られた。
教授:そう。しかも、日本で公開されたのは実に二十四年ぶりのことでした。一枚の絵が、四半世紀に一度しか旅をしない。それだけ貴重に扱われる絵だ、ということですな。
みき:二十四年に一度。何度も見られる絵ではないんですね。
教授:そうなんですよ。会場では、日本の大学などの協力で、この小さなバベルを約三倍に拡大した複製も展示されました。米粒のようだった職人が、肉眼で見える大きさになってね。
みき:小さな塔を、大きくして見せる。
教授:ええ。たくさんの人が、その塔の前で足を止めました。みきさん、ここで一緒に考えたいんです。なぜ私たちは、五百年近く前の、完成しない塔の絵に、こんなに惹かれるのでしょうね。
みき:……教授、私なりに考えてみてもいいですか。
教授:どうぞ、聞かせてください。
みき:この塔は、完成しません。物語のうえでも、絵のなかでも。でも、職人たちは今日も働いている。崩れるかもしれないのに、登って、積んでいる。それって……何かを作ろうとしている人なら、誰でも知っている感じだと思ったんです。
教授:ほう。
みき:完成するか分からないものに、それでも手を動かす。終わりが見えないまま、今日のぶんを積む。バベルの塔は大昔の物語だけど、その気持ちは、いまの私たちの暮らしと地続きなんじゃないかと。
教授:……みきさん。それは、私が用意していた答えより、ずっといい答えですな。
みき:そう言っていただけると、うれしいです。
教授:本心ですよ。バベルの塔は、ふつう「思い上がった人間が神に罰せられた話」── 傲慢の戒めとして語られます。けれども、ブリューゲルの絵をじっと見ていると、そこにいるのは罰せられるべき悪人ではない。ただ、ひたむきに働く、無数の人間なんですよ。
みき:罰の絵ではなく、働く人の絵。
教授:そう私には見える。天まで届く塔は無謀な夢だった。けれども、その夢に向かって今日の煉瓦を一つ積むこと──そのけなげさを、ブリューゲルは見下ろさず、何百人もの職人を一人ずつていねいに描いた。完成しないと知っていても、なお手を動かす人間へのまなざし。それが、この絵の本当のやさしさだと思うんです。
みき:完成しなくても、積む意味はある。
教授:少なくとも、ブリューゲルはそう描いた。だからこの絵は、こわい絵であると同時に、不思議と励まされる絵でもあるんですな。
みきのまとめ
今日学んだこと:
『バベルの塔』はネーデルラントの画家ピーテル・ブリューゲル(父)(一五二五〜三〇年ごろ生まれ、一五六九年没)の作品。同名の息子と区別して「父」と呼ばれ、本来は農民の暮らしを描いた画家
物語は旧約聖書「創世記」に由来。ひとつの言葉を話していた人類が天まで届く塔を建てようとし、神が言葉を混乱させて工事は中断、人々は世界に散った。「バベル」は「混乱」を意味する言葉と音が似ている
バベルの塔が実在した確証はないが、古代メソポタミアのジッグラトという巨大な聖塔が物語の背景にあると考えられている
ブリューゲルは塔を、若き日にローマで見たコロッセオに似せて描いた。塔はわずかに傾き、完成前から崩れの予兆をはらむ
現存する『バベルの塔』は二枚。ウィーンの「大バベル」(一五六三年)はニムロデ王の一行を描いた人間目線の絵、ロッテルダムの「小バベル」は塔だけを暗く突き放して描いた絵で、制作は大バベルより少し後とみられる
ブリューゲルは先輩画家ヒエロニムス・ボス(vol.16『快楽の園』)の影響下で世に出たが、ボスの空想の怪物に代えて、現実に働く人間を画面に詰め込んだ
ロッテルダムの「小バベル」は二〇一七年に二十四年ぶりに来日し、東京と大阪で公開された
みき:教授、今日いちばん心に残ったのは、「完成しないと知っていても、なお手を動かす人間」という言葉でした。
教授:そう。バベルの塔は、人間のいちばん大きな夢の絵であり、大きな挫折の絵でもある。けれどもブリューゲルは、その夢を笑わなかった。何百人もの職人を見下ろさず、ただ正確に描いた。
みき:天まで届かなかった。それでも、積んだ。
教授:その通り。思えば前回の広重の東海道も、横へ五十五枚を積み上げて一本の道にした絵でした。横へ積むか、上へ積むか。形は違っても、人間は、いつも何かを積み上げて、どこかへ行こうとする生きものなんですな。
みき:横の旅と、上の塔。根っこは同じ、なんですね。次回は何を見ましょうか?
教授:次回は、また少し趣を変えましょう。窓辺で、静かに首飾りを留める一人の女性──ヨハネス・フェルメールの『真珠の首飾りの女』ですよ。
みき:フェルメール……。このシリーズの最初、vol.1の『真珠の耳飾りの少女』。
教授:そう、よく覚えていましたな。十八枚分の旅をして、私たちはまたフェルメールの部屋に帰ってくる。耳飾りの少女から、首飾りの女へ。同じ「真珠」をめぐる絵がどう違うのか、次回、その静かな部屋でお会いしましょう。
みき:天を衝く塔から、小さな真珠へ。楽しみにしています。
教授:では、また次回。
次回、vol.19 では、ヨハネス・フェルメール『真珠の首飾りの女』── 窓辺で静かに首飾りを留める一人の女性と、シリーズの原点vol.1へと帰る「真珠」をめぐる旅に迫ります。 この記事が面白かった方は、フォロー&スキで応援していただけると嬉しいです。
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