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キッチンの隅で、朝食を


キッチンの隅に椅子を持って来て朝食を食べながら、嵐が過ぎ去るのを待つ。
時計を見ると、9時半だ。
どのくらいでおさまるだろうか。


食卓テーブルを大きくずらされ、椅子は全て乱暴に倒された。
クッションはあちこちに投げ飛ばされ、工作道具が散乱している。
階段に置いていた荷物は全て蹴落とされた。


──ただ、「公園にボール投げをしに行こう」と言っただけだ。


***


最近はとてもYotaの調子が良かった。
行動的になり、エネルギーが外へ外へ向かっているのがわかる。
だから、私も楽しくて。
ただただ、それが嬉しくて。


でも今日はそんな気分じゃなかったみたいだ。


「行きたくない。なんでボール投げをしなくちゃいけないの」


ああ、出たYota節。
このYotaの表情、嫌な予感がする……。


夫と一緒に何度か明るく誘うが、どんどん彼の中の「行きたくない」を強めていっているのがわかる。
こうなったらもう彼の感情をどうにもできないことは、長年のすったもんだで学習済みだ。


「じゃあ、○くん(弟)と行ってくるよ」


私は務めてシンプルにそう言った。


しかし、その一言が気に入らなかったのか、ますます事態をややこしくしてしまった。


「じゃあ、僕は家で何すればいいのぉぉぉぉ」


一緒に公園に行くのもいや、家にいるのもいや、一体どうすればいいんだと、どんどんヒートアップしてくる。
イライラしてきた私は、一言、言ってしまう。


「そんなん、知らないよ」


私は、彼の地雷を踏んでしまった。


***


──時計を見る。
時刻は10時。
あれから30分過ぎたが、彼の感情はおさまることなく荒れ狂う。
リビングは危険なのでキッチンの隅に避難しそこで小さくなりながら朝食を食べる。
いろんなものを投げているが、私は口の中の納豆とキムチに全集中した。


もはや、忍耐修行の何ものでもない。


母親の姿が消えたことに気がつき、キッチンをのぞくYota。
隅の方でご飯を食べている母の姿を見て、彼はどう思ったのだろう。
それから何も言わず、2階の寝室へ行ってしまった。


しばらくして、声が聞こえてくる。


「おかあさーん、来てぇー」


少し甘えたその声色は、気持ちが切り替わった証拠。
キッチンの母の姿が効いたのかもしれない。
でも、私はまだドロドロとした感情の中にいる。


「おかあさーん、来てぇー」


何度も呼ぶその声に耳を塞ぐ私。
たまらず夫に、「代わりに行って」と合図を送る。
「でも“お母さん”って、呼んでるよ?」と夫は言うが、そんなことはわかっている。
しつこく私を呼ぶ声が聞こえてくる。
私は、Yotaの元へ向かおうとするが、階段の下で体が動かなくなってしまった。


何度も太ももを叩いた。
人は、なぜ、こういうときに痛みを求めてしまうのだろう。
でもどうしても、階段を上る一歩が出ない。


「お父さんでもいいー?」
「......いいよー」


夫がフォローしてくれた。
助かった。
再びキッチンの隅の椅子に座ると、涙が出てきた。
こういう涙は久しぶりだ。
それだけ最近のYotaは落ち着いてきたということなんだと思う。


久しぶりだからこそショックも大きく、そんな時は特に気持ちの切り替えがうまくできない。
Yotaが2階から降りてきて、弟と一緒にテレビを見始めた。
夫が、私の代わりにお皿を洗ってくれる。
時計を見ると10時半だった。
──1時間かかったか。
私は、まだ椅子に座ったまま動けないでいた。


「私、無理だわ。もう、やる気なくした。3人でスタバにでも行って来て」
「わかった」


本当は、公園で遊んだあと、スタバでランチをして帰る予定だった。
楽しい時間を過ごすはずだった。
でも、もう行きたいくない。
ひとりになりたい。


荒らされたリビングを片付ける。
マットの上が撒き散らされた工作グッズで汚れていたので、ウェットティッシュで拭いていると、目線を感じた。


「......お母さん、ごめんね」


──私は黙ったまま拭き続けた。


***


「じゃあ、行って来るね」


夫が子どもたちを連れ出す。
私が部屋に残っていると、次男が引き返して来て、どうしても一緒に行って欲しいと言うので、仕方なく行くことにした。
車に揺られながら窓の外を見ていると、後部座席からYotaがポツリと呟く。


「お母さん、さっきはごめんね」
「......ごめんね、って何が」
「......いろいろと、あったでしょ」
「......はい」


Yotaの気持ちはじゅうぶん伝わってきた。
だけど、ごめんね、もう少し時間ちょうだい。
私はずっと窓の外を見ていた。
ケラケラと動画を見ながら弟と笑う声が後ろから聞こえる。


スタバで新作のフラペチーノを注文して飲んでいたら、羨ましそうにYotaが見てきた。


「......飲んでみる?」
「うん!!」


一口あげると、満面の笑みで「美味しい!」と言ったその顔を見て、ようやく私の心が解けた。


***


スタバから帰宅し、部屋に入ると玄関から夫の声が聞こえてくる。


「2人、公園行く気満々なんだけどぉー!」


はい?


「え、Yotaも?」
「うん......このまま降りないで公園行くって」


朝のあの一件は何だったんだ。
嗚呼、転がされている、Yotaの手のひらで転がされている。
私はため息をひとつついて、倉庫からボールをとり出し車に再び乗り込んだ。


公園では、逃げ回るYotaを容赦なくボールで当ててやった。
私は小学生の頃、ドッジボールの強者中原くんを制した女だ(記事「中原くんを制した女、母になる」参照)。
ボールを持つと豹変する私に、今朝の鬱憤が愛をもってプラスされた。


2時間ほど思いっきり遊んだら、いつの間にか心のモヤは晴れ、大笑いしている自分がいた。
Yotaもまたスッキリした顔をしている。


***


子どもたちが寝たあと、夫とヨーグルトを食べながら振り返る。


「なんだったんだろうね、朝の」
「......さぁ」
「予定を決められたことが嫌だったのかな」
「......さぁ」


きっとYota自身も、途中からよくわからなくなってしまったんだと思う。


いろいろあったけど、最後は楽しく終われたから、まぁ、いっか。
私たちは考えるのをやめて、ヨーグルトを美味しく食べた。

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