中原くんを制した女、母になる
中原くんのボールを胸で受けた時、まわりから「おぉー!」と歓声があがった。
中原くんはクラスで1番の強者。
そのボールを私は胸でしっかり受け止めたのだ。
ドスッと受けた時の衝撃で息苦しくなったことを今でもよく覚えている。
そのあと、すかさず中原くんの足元を狙い、中原くんを外野に送り込んだ。
私はその時から中原くんを制した女として、クラスメイトから一目置かれる存在となった。
私が小学3年生頃の話だ。
ちょうど今の長男Yotaと同じくらいの歳だったと思う。
最近小学1年の次男のクラスでは、ドッジボールが流行っているらしい。
教室でお絵描きばかりしていた次男も、ドッジボールの面白さに目覚め、毎日のように話を聞かせてくれる。
──私の中で、ポッと何かに火がついた。
「今度、お母さんとボール投げでもする?」
「え!お母さんと?するーーー!!」
私から遊びのお誘いなんて滅多にしないもんだから、次男は跳び上がって喜んだ。
「お母さん、ボール投げれんの?」
遠くでゲームをしていたのにも関わらず、すかさず私たちの会話に入ってきたYota。
彼は耳がいい。
「投げれるわ!言っとくけど、お母さん、ドッジボールめっちゃ強いよ?お母さんがYotaくらいの時、クラスに中原くんっていう男の子がいて......」
私は、過去の栄光を、鼻息荒くドヤ顔で、息子たち2人に語ってやった。
しかし、息子たちはあんまり信じていないようだ。
まぁ、それも仕方ない。
口を開けば、「疲れたぁ、疲れたぁ」言うてる母さんだ。
ふっふっふっ......見てらっしゃい。
母さんの投げるボールの破壊力を!!!!
私は久しぶりに、身体中に熱を感じた。
***
「さぁ、◯くん、ボール投げしに公園行こっか!Yotaも行く?」
期待はしていなかったが、一応声をかける。
「......行くぅ」
希少な母のやる気満々な姿は、Yotaの心までも動かした。
公園までは10分ほど歩く。
私の前を並んで歩く2人を見ていると胸がいっぱいになった。
こんな風に歩いて公園に行くなんていつぶりだろう。
Yotaは歩いて出かけることを極度に嫌う。
エネルギーが外へ向かっているんだ、きっと。
公園の広場に着くと、さっそくボールで遊び出す次男。
「ほら、お母さんに向かって投げてごらん!」
大きく両手を広げるが、照れちゃって全然投げてこない。
何度言っても全然投げてくれない。
投げてほしい。
母は、ボールを受け止めたくて、そして投げたくてこんなにもメラメラしているというのに!
早くボールを投げてくれ。
やっと、「えいっ」と投げるが、んまーーなんて可愛らしいボールなんでしょう。
次男のすぐそばでバウンドしてコロコロと私の足元に転がってくる。
両手でキャッチする私。
──久しぶり、私の中の闘志よ。
いや、でも、相手は小さな子供。
本気を見せてはならぬぞmika!
「ほら、投げるよぉ!」
ボール投げをしていることになぜか照れちゃってる2人。
私は、メラメラと燃える闘志を抑え、優しくポーンとボールを投げた。
ひゃあ。
避ける2人。
コロコロ転がって行くボール......。
ボール追っかけろや。
野球をやっている親子の方に転がって行くので、私が全速力で取りに行く。
モジモジしている2人。
どういうこと。
何、照れてんだか。
何度かボール投げを繰り返していると、ようやく慣れてきた2人。
もうちょっとレベル上げてみるか──
私は、わざと少しだけ速いボールを投げ次男の太ももにボールを当てた。
うわぁ、と次男が叫ぶ。
Yota大爆笑。
すかさず転がってきたボールを取って、Yotaを狙う。
背中を見せて逃げるYota。
「ほらほらぁぁ、背中見せてっと、当てちゃうよー!」
私は容赦なく、彼の背中に一発くらわせた。
大爆笑しながら地面に寝転ぶYota。
そばに落ちているボールをとり、今度は私めがけて次男が投げた。
弱々しいが、私のところまでボールが届いた。
「おおっナイスボール!いいよいいよー!」
またYotaが背中を見せて逃げるので、再び背中に当てた。
そこから私にますますスイッチが入り、逃げ惑う息子たちを追っかけ当てまくった。
だって、あの子たち、背中見せるんだもん。
「ほらほらぁ、逃げてばっかいないで、ボールとって!」
手を伸ばすが明らかにビビってなかなかキャッチできない。
「胸でとるの胸で!!こう!こんな風に、こう!ボールを抱きしめるように!」
母による熱血指導。
私って結構スパルタかもしんない。
──そろそろ、見せてやるか。
私はピタリと追いかけるのをやめ、ぜーはーと息を切らしている息子たちを見つめた。
「ねぇ、お母さんの本気、見せてあげようか」
私は一呼吸して、ボール片手にフェンスの前に立った。
せいっ!
見よ!これがかつてクラス1の強者中原くんを制した母のボールだ!
私の手から放たれたボールは、一直線にフェンスへ向かい、
一拍遅れて、
ガンッ!
跳ね返ったボールが静かにコロコロと転がった。
「......どう?お母さん、すごい?」
近くて固まっていた2人が小さく頷く。
私、結構まだいけるじゃねぇか。
ますます闘志に火がついてしまった私は、ひゃあひゃあ逃げ回る坊や相手じゃ物足りなさを感じ始めていた。
ああ、もっと思いっきり投げたい。
「おりゃードスッ、おりゃードスッ、ふっ......なかなかいい球投げるじゃねぇか」って、やりたい。
相変わらず全っ然ボールを受けようとしない。
「ほら、胸で抱きしめて!ほら、ボール追っかけて!」
私の喝が、容赦なく飛ぶ。
息子たちが笑い転げる声が、公園に響いていた。
ふと、思う。
──なぜ、今までボール投げをやってこなかったんだろう。
いや、違う。
やっとできるようになったんだ。
Yotaが公園まで歩いて、ボールを追っかけて、お腹を抱えて笑えるようになったんだ。
やっと、やっと、ここまで来られたんだ。
少し前なら、ボールを背中に当てようもんなら大泣きしながら「もう帰る!」って言っていただろう。
それを今では、目の前で、地面に転がりながら笑っている。
ボールで遊ぶって、楽しいね。
母は嬉しいよ。
じーんと感動しちゃってるけど......全くもって物足りなねぇのよ。
うん、それとこれとは話が別でして。
こうなれば、休日に夫相手に本気の球を投げるしかないな。
全っ然ボールをとらない逃げ回る息子たちが可愛くて可愛くて。
駄菓子菓子、母は容赦しないよ?
ビシバシ鍛えてやるぜ。
なんてったって、私は中原くんを制した女だからね。
──2日後、しっかり右腕が筋肉痛だったことは内緒にしておこう。
