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競技よりイタズラ。これが息子の運動会〜兄編〜


「“運動会”って言葉がもう嫌だ」


今日は学校に行っていない長男が通っている居場所の運動会の日だ。
珍しく行く気満々だった──前夜までは。
出発直前になって、「やっぱり行かない」と言い出すのは、繊細っ子のいわゆる……“儀式”のようなものだ。


──また始まったか。


「”運動会”って言ってもさ、居場所の運動会だよ?見てるだけでもいいし、やりたくなったらやればいいし」


なんかゴネゴネ言うとる。
めんどくせぇ......と心の中で思わず呟いてしまう。


「お母さん50M走っちゃおっかな!」


いつも見守り隊のお母さんが体を張るYO作戦に出てみたが、いまいち響かない。
これも違うか......


「パン食い競争とかあるらしいよ!こうやって……紐に吊るされたパンを口でくわえてさぁ、走るわけよーー!!」


私はパン食い競争をやってみせた。
ふっと鼻で笑う長男。


「一緒にやろうよ。パン食い競争!」

「……パンて何パン?」

「たぶん、アンパンなんじゃない?」

「えぇーーアンパンーー他がよかったぁ」


ほらきた。
こうやってなんだかんだ嫌な理由を見つけようとすんのよね、いつも。


「わかんない!アンパンかもしれないし、食パンかもしれないし。とりあえず、何かぶら下がってるのを、こうやって、こうやって、くわえるわけよ!」


私は全力でまたやってみせたが、息子の眼差しは冷ややかだった。


チッ、手強いな…...。


「なんで運動会なんて行かなくちゃいけないのぉぉ」


いやいやいやいや......アータが行きたい言うたんでしょうが。
ああ、やばいな。
集合時間に間に合わなくなってきた。
でも、ここで「早くしないと間に合わなくなるよ!」はNGワードなのは知っている。
言いたい......言いたい......!!!!
耐えろmika!!!


「イトくんも行くらしいよ?」


最近友情が深まった仲良しのイトくんの名前を出してみた。
これでどうだ!


「......行く」


ッシャーーー!!!
やっとはまった。
しかし、もう集合時間には間に合わないので、後から向かうと先生に伝えた。


“運動会“──繊細っ子とその親にとってはパワーワードすぎて、行く前からもうぐったりだ。


***


「あっYota!やっと来たー!」


到着するとすぐにイトくんが駆け寄ってきてくれて、あっという間に笑顔になり2人でキャッキャッしながら行ってしまった。


母、ポツーン......


開催場所は、居場所近くの廃校になった小学校の運動場。
パーマ先生が朝礼台に立ち、みんなで準備運動からスタート。


もちろん、長男とイトくんはやらない。
校舎の中を楽しそうに走り回っている。
誰も何も注意なんてしない。


「イッチッニッサンッシッ」


パーマ先生を真似て、私もアキレス腱をのばす。
──パーマ先生の背後に、忍び寄る影……



カンチョー!


「ぐふっ!」


イトくんは、パーマ先生のお尻めがけてそれを発射した。
横で爆笑している長男。
しかし、こんなのは居場所でも日常茶飯であり、もはや当たり前の光景なのだ。


──パーマ先生、ありがとう。
参加している全ての親御さんたちがそう心で感謝したに違いない。


***


居場所の運動会はこんなラインナップだ。

①徒競走(50m走)
②障害物競走(パン食い&借り人の合体版)
③玉入れ /ソフトボール投げ
④ドッジボール /ボッチャ
⑤大玉転がし
⑥リレー



子どもたちで考えたやってみたい種目とのこと。これだけ見ても、魅力的すぎる。
参加したい人だけやるスタイルで、直前にパーマ先生が呼びかける。


「50M走やりたい人ー!」


イトくんが手を挙げた。
チラッと長男を見たが、全くその気がないらしい。


イトくんは草履を脱ぎ捨て、裸足で50Mを駆け抜けた。
イトくんは冬でも裸足で草履なのだ。


ここで、雨が降ってきた。
次は障害物競走だったが、急遽変更で体育館でドッチボールをすることになった。
臨機応変に変えていく、それが居場所スタイル。


ドッチボールが苦手な長男は、イトくんとサトルくんの仲良しトリオで、舞台上にのぼり好き勝手遊んでいる。
ふと見るとトリオの姿が消えていた。
ん?どこ行った?


──ドッチボールの審判をしているパーマ先生の頭上に忍び寄る影……


体育館のギャラリーには息を殺してボールを落とそうとしているトリオの姿が。


パッ
とボールを離すサトルくん。
ボールはパーマ先生の頭目がけて落下していく。


「イッテーーー!」


顔を見合わせ爆笑するトリオ。
ツッコミを入れるパーマ先生。


その笑い声とドッチボールの白熱する声が、体育館中に響き渡る。


──どこまでも自由だ。


雨が止み、次は運動場でパン食い&借り人の合体版障害物競走だ。
長男はこれも参加しない。


「Yotaーーー!!小学3年生の人だってー!来てー!」


イトくんが借り人競争のメモを持って長男のところに走ってきた。


──長男、逃走。


「えっ!なんでYota逃げるんだよーー!!」


追っかけるイトくん。
逃げ回る長男。
どこまでも諦めないイトくん。


「イトくーーん!昔、小学3年生だった人もオッケーだよーーーーー!!!」


2人の逃走劇を待ってられないと判断したパーマ先生はそう叫んだが、イトくんの耳には届かず、その後もずっと長男を追いかけ続けていた。
イトくんの執念は拍手もんだ


イトくんから逃げきった長男が息を切らして私の隣に来た。


「一緒に行ってあげればいいのに」

「だって、嫌なんだもん」


イトくんはとうとう拗ねて、運動場の端っこの方でこちらに背を向けて座り込んでしまった。


──イトくん、ごめん、可愛いすぎる......。


昔小学生3年だった先生がイトくんのもとへ走って行き、なんとか持ち直したイトくんはそのままパン食いエリアへ走って行き、ドーナツをくわえゴールした。


長男が唯一参加したのは、玉入れだった。
居場所の玉入れは、先生が頭の上にコンテナを持ち上げ、そこにチラシや新聞紙で丸めたボールを入れていくという、なんとも居場所らしい手作り玉入れだ。
長男がみんなの輪の中に入り、ピョンピョン飛び跳ねながらカゴに入れていく。
その表情はとても楽しそうで、私は胸がいっぱいになった。


カゴの中の玉を数える時、何やら長男の様子があやしいことに気がついた。
──あの顔、何かする気だな.....


そっと先生の背後に回り込む。


イ〜チ、ニ〜イ、と数えながらカゴの外へ玉を放り投げていくと同時に、背後からまたカゴに玉を戻していく。
うわ〜、イタズラな顔してるわー。
みんな、ごめん。


しかし、割と早い段階でしっかりものの女子に見つかり注意され、彼は逃走した。


「次は、大玉転がしやりまーーす!」


パーマ先生がマイクでアナウンスする。
大玉転がしのルールを説明するが、先ほどからマイクの調子がなんか変だ。
急にプツッと切れたり、音量が小さくなったりしている。
目線をテントの方にずらしてみると、そこにはあのトリオの姿が──。


トリオがマイクの音量のつまみをイジっているではないか。


もう、なんだろ、なんか、小学生男子のやることは、全くもうって感じで、ねぇ。
でも、イタズラができるって、それだけここが安心な場所なわけで、彼らにとっては救いだったりするのだ。


「大玉転がしのためにラインカーで白線を引いてくれる?」


別の先生がイタズラばかりしているトリオに役割を与える。
初めて見るラインカーにトリオの目は輝き、あっという間にそっちに飛びついた。
ナイス、先生!


──が、彼らが言われた通りの線を引くわけがない。



「うわぁ!アートだね!」


先生たちが笑う。
誰も「ダメ」なんて言わない。


「その調子でこっち!こっちにここまでの線引いてくれる?」


トリオはまっすぐに線を引いた。
大玉転がしをする人のために。
みんなが困ることはしない。


最終種目はリレーだ。
パーマ先生が参加者を募る。
もちろん長男は走らない。


──ハイ。


私は、スッと手を挙げた。


昔からリレーが好きだ。
40代になってあの経験ができるチャンスが再び到来するなんて。


バトン受け取りゾーンで待つ。
走ってくる先生。


「先生!こっちこっちー!」


手をのばし、バトンを右手で受け取り左手に持ち替える。
これこれぇー!この感じぃー!ヒュー!
リレー独特の高揚感を全身に感じながらコーナーを曲がる。


そこには大玉にまたがっている長男の姿があった。


──見てらっしゃい!母の全力速で走る姿を!


私は笑顔で走りきった。
めっちゃくちゃ気持ちよかった。
大玉の上でゆらゆら揺れている長男に聞いてみた。


「ハァ…ハァ…見てくれた?」

「うん」


──え、それだけ?


まぁ、いい。
私が楽しかったから、それでいい。


***


長男が唯一運動会に参加したのは、年少の時だけだった。
全速力で走ってくる息子をゴールで待っていたあの瞬間、あの感動は今でもはっきり覚えている。
──あの時の長男は確かに笑顔だった。


でも次の年からは、もう違った。
ずっとどんぐりを拾っていたし、リレーのトラックの真ん中で泣いていた。
あの姿は今も忘れられない。


それを最後に、長男が運動会に参加することはなくなった。


そんな長男が今日、友だちと一緒に笑っていた。
イタズラをして、逃げ回って、自分から玉入れに混ざって、先生たちを困らせて笑っていた。


それだけで、もう、胸がいっぱいだ。
ああ、これでいい。これがいい。


運動会が大好きな子もいるし、全く興味がない子もいる。
嫌でも頑張る子もいるし、自分を守る子もいる。
家にいる子もいる。


──その全部が、それでいい。


今日ここにいた子も、行きたくても行けなかった子も、行きたくなかった子も。
みんなまるごと、それだけで花まる。


外にも出られず、笑えなかった日々を私は知っている。
だからもう、あの笑顔が見られた。それだけで十分。


これが、息子にとっての運動会。


弟編はこちら↓



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