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家族を支えながら過ごした2週間と、私の双極性障害

以前から闘病していた義父が、ゴールデンウィーク中に亡くなった。

その2週間は、
旦那さんのサポートや嫁としての役割、
そして不安定になっていた息子のメンタルケアに追われる毎日だった。

正直、かなり大変だったと思う。

でも、不思議なことに、
双極性障害の波はとても静かだった。


私は普段、朝が苦手だ。

調子が悪い時は起き上がれず、
午前中を寝て過ごすこともある。

対人関係もあまり得意ではなく、
人と話すだけで気疲れしてしまうことも多い。

でも、この2週間は違った。

時間になると自然に起きられたし、
弔問に来てくださった方とも普通に話せた。

もちろん疲れはした。

でも、不思議と気分が落ち込むことはなかった。

ずっと「外交モード」に入っているような感覚だった。

普段の自分なら疲れてしまうような場面でも、
不思議と体も心も動いていた。


生活リズムも、いつもとはかなり違っていた。

外食が続き、
寝る時間も遅かった。

それなのに、不思議と眠れた。

疲れていたからか、
布団に入るとすぐ眠れて、
朝までしっかり眠ることができていた。

今振り返ると、
睡眠がしっかり取れていたことも、
体調を崩さなかった理由のひとつだったのかもしれない。


義父の危篤を知らされた時、
9歳の息子はパニックになってしまった。

「死んだらどうなるの?」
「お葬式って何をするの?」
「顔を見るのが怖い」

色々な不安を抱えていた。

私はなるべく分かりやすく説明しながら、
抱きしめたり、手を握ったりして過ごした。

日に日に、息子なりに祖父の死を受け入れていき、
最後にはきちんとお別れをすることができた。

でも、火葬場で棺が炉の中に入った瞬間、
息子は突然声を上げて泣き出した。

祖父が亡くなってから、
息子が泣いたのはその時が初めてだった。

私はそんな息子を抱きしめながら、
その時になってやっと涙がこぼれた。

その姿を見て、少しほっとした。


旦那さんは長男ということもあり、
義父が亡くなってからは実家で寝泊まりしながら、
たくさんのことをこなしていた。

正直、私は旦那さんを支えられていたのかよく分からない。

でも、少しでも負担を減らせるように、
“痒いところに手が届く嫁”でいようとは思っていた。


義父には、生前本当にたくさんお世話になった。

病気のことも気にかけてくれて、
しんどい時にはご飯を作ってきてくれたり、
優しく声をかけてくれたりもした。

思い出もたくさんある。

でも、亡くなった時、
自分でも驚くほど感情は静かだった。

悲しくないわけではない。

ただ、覚悟をしていた部分もあったし、
何より「その後の日々を回さなくてはいけない」という気持ちの方が強かった。

双極性障害になってから、
少し感情が鈍くなったように感じることもある。

それが関係しているのかもしれないし、
ただ必死だっただけなのかもしれない。

今でも正直、よく分からない。


ただ、全部が終わって少し落ち着いた頃、
今度は強い眠気がやってきた。

寝ても寝ても眠い。

一日中寝ていた日もあった。

それでも、以前のように大きく体調を崩さなかったのは、
薬がしっかり効いてくれていたからなのかもしれない。


双極性障害があると、
大きなストレスがかかった時に必ず崩れるわけではないのだと、
今回あらためて感じた。

むしろ、気が張っている間は、
不思議なくらい静かに過ごせることもある。

もちろん、だからといって無理をしていいわけではない。

でも今回、
自分の中にある「支える力」のようなものを、少しだけ感じた気がしている。


最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

同じように気分の波と向き合っている方や、
そのご家族の方に、少しでも届いていたら嬉しいです。

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双極性障害と向き合う中で、
家族との関わりや、気分の波との付き合い方についても書いています。

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