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30年、誰かの脇役だった私が、AIで人生の監督になる

今日、2026年6月30日。私は、派遣社員としての最後の日を迎えました。 40代、独身。派遣社員としても、それなりに長く働いてきました。

英語を使う仕事、大手企業での研修関連、海外とのやりとり、説明会や資料作成、イベントの開催……。振り返れば、いろいろな経験をしてきたと思います。仕事自体は楽しかったですし、誰かの役に立つ感覚もあって、嫌いではありませんでした。

(※私が10年の足踏みを破り、最初に一歩を踏み出したときのお金の話は、前回の記事『10年足踏みした私が、40代でやっと派遣を辞める話 ——最初にやった「月19.3万円」の計算』に詳しく書きました。よければ合わせて読んでみてください)

現実的なお金の計算をして、やっと動き出した私ですが、忙しさの合間に、ずっと心の奥底で消えない問いがありました。

「私が全身全霊をかけてやりたい仕事は、本当にこれなんだろうか」

私はいつも、誰かが作った舞台装置の上で、与えられた役割をこなす「脇役」のような気分でした。 「このまま会社に依存した働き方を続けるのかな」「また人間関係に振り回されるのかな」

そんな思いが芽生えたのは、40代になってからではありません。本当は10代、20代、30代……気づけば私は、30年近くずっとウダウダしていたのです。


好きな事を仕事にしたかった。でも、ずっと怖かった。


何かを作りたい。表現したい。自分の世界を形にしたい。 そういう気持ちは、ずっと昔からありました。

でも、ずっと怖かったのです。才能がないかもしれない、選ばれないかもしれない、もう遅いかもしれない。不安を言い訳にして、気づけばズルズルと時間が経っていました。

でも、その30年のあいだ、私は何もしていなかったわけではありません。むしろ、手当たり次第に、必死に打席に立ち続けてきました。

  • 10代: 小学校の時、いじめの痛みをぶつけるようにピアノを弾き、演劇部に没頭。友だちと「交換マンガ(交換日記の漫画版)」を描いて物語の世界を空想し、さらに表現を求めてカナダへ留学。

  • 20代: 一度はプロへの道を諦めて派遣として働き始める。それでも未練は捨てきれず、ボイトレを続け、カラオケで様々なジャンルを歌いまくる日々。

  • 30代: 派遣の傍ら英語で演劇を学び直して舞台に立つ。ボイトレを継続し、映像用の演技学校へも通い、映画にちょい役で出演。

  • 40代: 芸能事務所に所属。レッスンを受け、再現VTRや舞台に出演。某ファッションセンターのチラシモデルを務め、表現の幅を広げるために楽器(二胡、エレクトーン)も習い始める。

映画のちょい役、再現VTR、チラシのモデル……どれも誰もが知る実績とは呼べません。でも、私はずっと「表現すること」だけは、どうしても手放せませんでした。

当時の私は、ステージに上がるのは楽しくても、どこかずっと苦しかった。なぜなら、「選ばれるかどうか」「役をもらえるかどうか」という肝心な鍵を、自分以外の誰かに握られていたからです。

私は本当は、誰かの世界に乗る「役者」になりたかったのではない。 脚本も、音楽も、映像も、演者も、全部を自分でやる「監督」になりたかったのだと、今になって気づきました。

小さな頃の「乾き」と、シェルターだった表現


なぜ私は、こんなにも表現にこだわったのか。それは、私の心の中に、小さい頃からとてつもない「乾き」があったからだと思います。

小学生の頃、いじめに遭っていた私にとって、ピアノの鍵盤に感情をぶつけることは「心の叫び」そのものでした。演劇部で舞台に立つことも、親に愛されないつらい現実を一時的に忘れるための「シェルター(避難所)」でした。 そして、友だちと夢中で描いていた「交換マンガ」の世界だけは、誰も私を傷つけない、私だけの自由な聖域だったのです。

ずっと自分の中のモヤモヤを吐き出す場所を探して、大金を投じたり、遠回りをしたりしてきた。自分が何を求めているのか、一番分かっていなかったのかもしれません。

そんな私の、ぼんやりしていた人生の輪郭を、鮮明に整えてくれたのが「AI」との出会いでした。

過去の黒歴史を成仏させる「失恋日記成仏プロジェクト」


最初は「AI副業」という言葉に惹かれて触り始めました。生活がある以上、収益化は大切です。

でも、noteやXでの発信、Kindle出版や自己分析コンテンツの準備を進めるうちに、やりたいのは「ただ効率よく稼ぐこと」ではないと気づきました。これまでの人生の痛みや違和感、派遣としての不安や過去の失恋を、誰かの役に立つ「作品」に変えたいのだ、と。

その中で、最近とても本気で取り組んでいる活動があります。 名づけて、「失恋日記成仏プロジェクト」です(笑)。

誰にも言えなかった思いを書き殴った、何冊もの日記。読み返すと苦しくなる生々しい「黒歴史」を、今、音楽生成AI『Suno』を使って楽曲に生まれ変わらせています。

ここでも、私の人生の伏線が繋がり始めました。 実は、私の過去の元彼はカナダ人韓国人

そこで、これまでの仕事や留学で培った英語力を活かし、日記をあえて「英語の歌詞」に翻訳して流し込んでいます。カナダ人の彼との思い出は切ない英語のPopやR&B、エモーショナルなRockに。そして韓国人の彼との日記の時は、K-popのビートに乗せて、あえて歌詞に「韓国語」を混ぜてみたりもしています。

「とりあえず出せるスタイルは全ジャンル試してみる!」という実験精神で、毎日ひたすらAIと格闘しています。

ただの痛い思い出だった日記が、メロディに乗った瞬間、少しずつ美しい「作品」になっていくのです。過去の自分を責めるのではなく、当時の感情を今の自分が拾い上げて形にする。それは、私の人生を取り戻すための「供養」のような作業でした。

誰かに選ばれるのを、待つのはやめた

今の私は、曲を作るだけでは満足していません。その先のMV(ミュージックビデオ)作りまで、AIを使って挑戦したいと思っています。

これまで手当たり次第にやってきたすべての点と点が、AIという触媒によって、ひとつの大きな円になろうとしています。

歌詞、曲調、映像、空気感。すべてを自分でクリエイトする。

誰かの舞台に呼ばれるのを待つのではなく、自分で世界を作る。

昔なら、個人がひとりで英語や韓国語の作詞をして、あらゆるジャンルの楽曲を作り、映像まで完成させるなんて不可能でした。でも今の時代、AIはそれを可能にする強力なパートナーになってくれます。自分の中にある世界を現実に引き出すための、魔法の杖なのです。

このプロジェクトは、過去の恋愛だけでなく、幼い頃の孤独、30年間ウダウダしながらも諦めきれなかったクリエイティブへの憧れ、そのすべてを回収していく旅なのだと思います。

過去の私に向かって、今なら真っ直ぐに言えます。

「あなたの痛みは、ちゃんと形になるよ」
「遠回りに見えた時間も、無駄じゃなかったよ」
「もう、誰かに選ばれるのを待たなくていいよ」

2026年6月30日、ここから私の世界が始まる


今日で、私の派遣社員としての生活はひとつ終わりを迎えます。 もちろん、フリーランスとしてやっていけるのか、不安は尽きません。

でも、それ以上に今、静かに思っています。 もう、自分の人生をずっと誰かの都合だけに預けたくない。

30年ウダウダしてきた私が、今日やっと、人生のひとつの区切りをつけました。これからは、自分の言葉で、自分の音で、自分の映像で、私の世界を作っていきます。

答えは、いつでも自分の中にありました。外側に正解を探すのをやめて、やっと見つけた自分の道。

昔の自分を置き去りにするのではなく、あの頃、自由にマンガを描いていた私も、いじめの中でピアノの鍵盤に感情をぶつけていた私も、歌いたくて震えていた私も、何かを表現したくて必死に演じていた私も――そのすべてを連れて、新しい働き方を始めます。

もしこの記事が、かつての私のように「自分の世界を作りたいけれど一歩が踏み出せない」誰かに届くきっかけになれば嬉しいです。これからの制作過程や、AIを使ったコンテンツ作りの裏側も、このnoteで発信していきます。

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