「ハンバーガーとパスタの間で」〜40代主婦のダブルバイト珍道中〜
はじめに:平凡な主婦、バイト戦線へ出撃す
私が立て続けに二つのバイトを始めたのは、単純に言えばお金のためだ。
高校一年の娘の留学費用と、小学六年の息子の習い事五種競技(英語、ピアノ、プール、テニス、ダンス)が家計を圧迫している。「そろそろ息子の習い事も減らしたら?」と夫に言われるが、そんなこと息子に言えるわけがない。あの真剣な瞳で「ボクがんばるから!」と言われたら、どんな鬼でも心を打たれる。
というわけで、40代主婦の私は、ハンバーガーの大手ファストフード店とイタリアンファミレス「ココぺリー」(社名は仮です)の制服を交互に着ることになった。
バーガー編:グリルとの格闘

ハンバーガー店での初日。
「ハンバーグくらい、家でもやってるし余裕でしょ!アメリカン・イージー!」
その慢心が私の運命の分かれ道だった。家庭のハンバーガーと、タイムイズマネーのハンバーガーは別物だ。別次元。別宇宙。別惑星。
「オーナーのおじさん、なんてアメリカンでストイックな人なの…」
グリルの温度調整、パティを焼く時間、裏返すタイミング、シークレットソースの配合…全てがNASAのロケット発射並みの精密さを求められる。家では「まぁいっか、大体こんなもん」で済ませていた日本人的曖昧さは、アメリカン・ファストフードの世界では一切通用しない。
初日、バーガーパティを焦がしてしまい、店長に呼び出された。
「みひろさん、THIS PATTY、見てどう思います?」
(え?なに?どう答えればいいの?)
「...ルッキング...グッド、ですか?」
一瞬の沈黙。
「これはですね、パティではなく、カーボン・フォッシル、恐竜の化石です」
そこから始まった特訓は、まるで「地獄のミリタリーキャンプ訓練」の実写版だった。「イエッサー!」と返事をしながら、グリルの温度を手の感覚で覚えろと言われても、私の手のセンサーはそんな高性能じゃない。せいぜい「熱っ!アツッ!」か「めっちゃ熱っ!マジやばっ!」の二段階しかないのに。
接客もアメリカン・カジュアル調を徹底的に叩き込まれる。「へいらっしゃい!」ではなく「ハーイ!ウェルカム!」。「ありがとうございます」ではなく「サンキュー!エンジョイ!」。笑顔も「ほんのり日本流」ではなく「アメリカン・オーバーリアクション」を求められる。
パスタ編:麺との対話

一方、イタリアンファミレス「ココぺリー」では、全く異なる世界観が展開されていた。
「パスタの茹で加減は芸術です!アルデンテは妥協を許さない、イタリアーノの魂!守れない者はここにいる資格なし!マンマミーア!」
イタリア人でもないのに、なぜそんなに情熱的なのか疑問だが、厨房主任の高橋さん(50代・男性)はパスタに人生を賭けていた。彼によれば、パスタの茹で時間は「秒単位の芸術」であり、ソースとの調和は「ミケランジェロの天井画に匹敵する」らしい。家では「なんとなく柔らかくなったらOK」だった私のズボラパスタ観は、イタリアーノ高橋により根底から覆された。
「みひろさぁん!このスパゲティ、何秒茹でました?」
「え、えっと…時計見てなかったです…」
「サンタ・マリーアーーーー!!!」
高橋さんの目が赤く光り、額の血管がドクドク脈打つのが見えた気がした。この人、ナポリとシチリアを合わせたくらいパスタに情熱を注いでいる。私の前に立ちはだかる「和製イタリアン・ゴッドファーザー」。
二重生活:アメリカンvsイタリアン

私の一週間は、「イータイムUSA」と「マンジャーレ・イタリア」に二分された。月・水・金はバーガー屋、火・木・土はココぺリー。制服を着間違えて出勤したことは…ない。…嘘、一回ある。
バーガー屋のレジで「いらっしゃいませ、トマトクリームパスタセット、アルデンテでいかがですか?」と言ってしまい、客席から「ここハンバーガー屋だよね?パスタってどこにあるの?」という声が。
あるいは、ココぺリーのお客様に「ビッグバーガーセットとポテトいかがですか?とってもジューシーですよ!」と熱烈推薦してしまったり。
接客スタイルも完全に混同。バーガー屋では「ありがとうございます、いつもで大丈夫です?」と言うべきところ、ココぺリー流の「お食事をお楽しみいただけましたでしょうか?デザートはいかがなさいますか?」と丁寧すぎる接客をして、店長に「みひろさん、ここファストフードだから…」と諭される始末。
脳内がショートするのも無理はない。どちらのバイトも「提供する」「接客する」「笑顔を振りまく」の三位一体。でもその哲学がまったく違う。
バーガー屋は「アメリカン・ドリーム!ジューシーで、フレンドリーに、ファースト&カジュアルに!YeS!」 ココぺリーは「イタリアーノ・エスプレッソ!アルデンテで、情熱的に、上品にゆっくりと!グラッチェ!」
私の脳内では、オーナーおじさんと高橋さんが毎晩イタリアン・アメリカン・フュージョン・バトルを繰り広げている。「カジュアル vs エレガント」「スピード vs ゆとり」「握手 vs キスの挨拶」…まさに文化戦争。
家庭との両立:三重苦とプライベート一人居酒屋

そして夜、疲れて帰宅すれば、そこには第三の職場「Casa de ファミリー」が待ち構えている。
「ママ、明日の弁当オムライス!ケチャップでハートマーク書いてね!」 「明日プールの大会だから応援に来て!チームTシャツ、今日洗濯して!」 「あ、そうだ。留学の書類、今週中に提出だよ。パスポートの申請もしなきゃ」
私の目の前に広がるのは、弁当箱、洗濯物の山、書類の束。まさに「ジャパニーズ・マザー・トルネード」状態。
そんな中、夫は「大変だね〜」と言いながら、なぜかビールと刺身を手放さない。この人、右手にビール缶、左手に刺身が接着されているんじゃないかと疑っている。毎晩リビングで「プライベート一人居酒屋」を繰り広げているのだ。
先日なんて、夜の9時から突然「ホウボウをさばく」という謎のパフォーマンスを始めた。「今日は鮮度がいいんだ!」と目を輝かせながら、魚をさばき始める夫。
「あのさ、魚の鮮度より、洗濯物の山をどうにかしてほしいんだけど…」
そんな私の声は、「うまい!やっぱり刺身は自分でさばいた方が格別だな!」という酒宴の歓声にかき消される。
ある日の衝撃
ある日の夕食時、息子から衝撃の一言。
「ねえママ、最近、ママの匂いがハンバーガーのアメリカンとイタリアンの混合臭なんだけど。なんかアメリタリアンみたいな新しい匂い」
えっ、そんな特殊な匂いがするの?心配になって腕の匂いを嗅いでみる。確かに、ビーフパティとガーリックの奇妙な混合臭が。いつの間にか私は「ジューシー×アルデンテ」の新感覚インターナショナル・フュージョン料理ママになっていた。一方、夫からは「本日の刺身」の匂いがプンプンする。まさに我が家はグローバル飲食店状態。
予想外の効能
ダブルバイトから三ヶ月が経ったある日。
「みひろさん、すごいよね。最近髪型変えた?」
同僚の一言で気づいた。確かに、私、変わっていた。二キロ痩せて、姿勢はよくなり、そして何より表情が違う。以前の「疲れた主婦」から「何かを成し遂げようとしている女性」に変化していた。
お客さんからの「ありがとう」が、少しずつ私のガソリンになっていた。家族の中では「お母さん」という固定役割だけど、バイト先では「みひろさん」という一人の戦力。それが私に小さな自信を与えてくれていた。
家族の変化
さらに驚くべき変化が家庭にも。
「ねえママ、僕、習い事減らそうかな」 「え?どうして?」 「だって、ママ大変そうだから。ボク、本当にやりたいのはダンスとピアノだけでいいや」
息子の成長した姿に、目頭が熱くなる。(でも本当は「もっと早く言ってよ!」という突っ込みも心の中にあったりする)
娘も変わった。
「ママ、留学費用、半分はバイトして出すよ。高校生だし、甘えてばっかじゃダメだと思って」
心の中で「やったー!」と叫びながらも、表面上は「そんな、無理しないで」と言う母親の演技。
「バイト禁止の学校だから卒業したらね」と娘は付け加えた。進学校ならではの制約だが、彼女の中に芽生えた自立心は確かだ。
夫も変わった…と言いたいところだが、相変わらずビールと刺身は手放さない。でも、たまに「疲れてるだろ、今日は俺が皿洗うよ」と言ってくれるようになった。小さな進化。
結びに:アメリカンとイタリアンの融合、そして魚をさばく夫の向こう側

当初の目的は単純にお金を稼ぐことだった。でも半年経った今、私が手に入れたのは子供たちの学費だけじゃない。
和製イタリアン・ゴッドファーザー高橋さんのパスタへの情熱は、何かに真剣に向き合うことの美しさを教えてくれた。オーナーおじさん(の精神)は、細部へのこだわりと効率性の両立が「アメリカン・クオリティ」を作ることを教えてくれた。
そして何より、家族の中での私の存在が変わった。「当たり前のお母さん」から「アメリタリアンな働く女性」へ。一方で夫は「刺身ロス」に悩むようになった。「今日はホウボウがなかったよ…」と寂しそうな顔をする夫に、「自分でさばかなくても、刺身パックでいいんじゃない?」と言うと「既製品のお刺身なんて邪道だ!」と怒る始末。夫の中の「ジャパニーズ・トラディショナル魂」が目覚めていた。
鏡の中の新しい私
今朝、鏡を見ながらふと思った。
「私って、アメリタリアン・フュージョン・ヒューマンになったな。夫はジャパニーズ・フィッシュマンか…」
それって、意外と悪くない。「俺はマグロの赤身!」「私はアルデンテ・バーガー!」と、世界の食文化を体現する夫婦。
だってフュージョン料理って、単一の料理よりも複雑で、予想外の美味しさがあるでしょ?アメリタリアンって、新しいジャンルかも。「ジューシー・アルデンテ・フュージョン・ファミリー」。
あなたも、何か新しいことを始めてみませんか?意外な自分と出会えるかもしれませんよ。カリフォルニアロールが生まれたように、あなたの中に眠る「意外な組み合わせの才能」が目覚めるかも!
……でも正直、ハンバーガーとパスタには少し飽きました。次はフレンチレストランかな。「ボンジュール・ラ・フランセーズ」な世界に挑戦してみようかしら。夫は相変わらず夜な夜な刺身をさばいているだろうけど。
(アメリタリアンなおわり〜THE END〜フィーネ!)
まとめ記事(ワールドマップ🗺️)
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