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【辛口】クリエイター志望者が「頭ではわかってるけどその通りに腹の底では納得できない」原因

時々絵師さんのお悩みnoteが流れてくる。
ややしばらく前目にしたのは

  • 努力を重ねてきたのにそれが実は身になってないことを思い知らされた

  • 自分を追い込むために周囲に目標を公言して退路を絶って努力してきた

  • しかし周囲に恩返しできていない

  • 成果のない努力でもしない努力よりはマシなはずなのに結果が出ない

  • 本当は努力の結果としての成果がほしかった

  • 今まで時間も金銭も注ぎ込んでまで努力してきたのでいまさら放擲するのはこわい

  • 自分の作品を否定されると自分の全人格を否定されたような気分になる

  • 頭では人格否定と作品の否定は違うとわかっているのに承服できない

…こんな感じ。
いやわかる。
クリエイター志望だとあるある。
気持ち的にはわかる。
わかるけど、たぶん気分的に煮詰まっちゃったから余計だと思うけど、いろんなことをいっぺんに欲しがりすぎてない?
とも思う。
周囲への恩返しってのはそりゃいい心がけだと思う。
尊い精神だとは思う。
けど、今優先順位が高いのはそれじゃない、とも思う。

たぶん、この方に一番必要なのは、「上手い絵や漫画を描く、そのためにいろんな勉強したり講座を受ける」じゃなくて「自分に何が足りてないのか」を知ることだと思う。
あと、これは本人に向かっては絶対言えないけど絵は本当に拙い。
努力してきたと言っても、年数だけで言えば私の1/10未満であるし、それ以前にインプットが非常に貧弱に見える。

インプット、つまりいいものをたくさん見てきていないように見える。
狭い範囲のものだけ見て効率的に自分の狭いヘキだけ追求すればなんとかならないかな、と思ってるらしき節がある。
だから絵で描ける範囲がすごく狭い。
人間関係が大事な漫画を描こうとしてるのに、人間を見る目が肥えてない。
人間を見る目って、内面って意味もあるけど、外面もちゃんと見てないと思う(絵を見るとわかる)
自分の思い込みの域から出てない。

漫画で大事なのは確かに最終的にはストーリーに帰すんだけど、入り口の絵の力は大きい。
だからせめて大ゴマとか決めゴマとか表紙や一枚イラストくらいは「ヘキをきちんとヘキ通りに」描けないとちょっとキツいと思う。
この方はヘキを全力で出してるつもりだけど、実際には第三者から見て感知できるレベルには達してないと思う。

ヘキや画力ってのは可聴領域があって、ある程度の周波数に届くまでは人の耳に届かないと私は思う。
可聴領域に届かない超音波レベルでしか周波数を出せてないと、赤の他人が感知するのは難しいということである。
自分が可聴領域まで出せてると信じ込んでいるけど、実は超音波でした、という人は実に多い、ように見える。

そしてこの方は絵の修練不足は明らかだけど、参考資料でなんとかその場限りをやり過ごして描いてるのがわかっちゃうくらいに繕えてないんですよ。
参考資料見て描くのがダメだと言ってるんじゃないですよ。
参考資料見てなんとか無理矢理カタチを取っても歪んでることに気づかない良質のインプットの少なさ、自分の絵に対する疑いのなさ、つまり「ダメ脳内補正」に気づいてないところが問題だと思う。

そして、「ダメ脳内補正」のために本当に上手い絵と自分の絵の差が自覚できてないのが現在の致命傷だと思う。
自分の作品に対する思い入れが強すぎて、冷静に見ることができないのは、まあ、理解はできる。
できるけど、その思い入れで自分の絵を割り増し料金で見てる限り、他人にその人の表したいヘキが伝わるようには描けないことも知っている。

なんでかっていうと、他人にわかるようにヘキを描き表すには、客観性が必要になるからである。
ええと、ヘキを描き表すにも、一定の現実的な方程式が必要である、ということなんだけど。
自分だけしか知らない自作架空言語で話しかけてみても他人には伝わらないってこと。
他人と意思の疎通、会話をするには共通言語が必要になるわけ。
ヘキが他人に伝わるには最低限でもヘキを表す共通の文法が必要になる。
赤ちゃんの喃語では、「他人との」意思の疎通は無理でしょ、って話ね。

なので、「他人に訴求する力のある絵」が描けるようになるには「自分の思い入れを排して他人のような目で自分の絵を見返す」瞬間が必要になる。
瞬間でいい。
ずっとじゃなくていい。
でもこれができるか否かの一点のみでまったくその後の画力の成長が違う。
他人のような目で自分の絵を見る瞬間ができれば、自分の喃語が他人に伝わってないことが理解できるから。

次にはじゃあ喃語じゃなくちゃんと意思の疎通ができる共通言語に修正していかなきゃ、ってなるけど喃語である自覚なしにはそれすら想起できない。
だからこの一点の有無だけでその後がまったく変わってくるのね。

この方はいろんな要望を一度に満たしたくて混乱してる節があると思う。
「周囲への恩返し」とか、そりゃ口当たり良くて建前的には立派だから言いたくはなるだろうけど、たぶん本当の欲求はそれじゃないと思うし、実際優先順位は低いと思う。
そして恩返しできてないというのも「時間も金銭も注ぎ込んでまで努力してきた」というコンコルド効果が相まっての焦りなんだと思う。

要望がごちゃごちゃになる時っていうのはいろんな要求の下に真の欲求が隠れてる時で、仮に上に被さってるたくさんの欲求が叶ったとしても真芯の欲求が自覚できないと満足できない。
大体真芯の欲求って自覚すらできないほど過去の見捨てられ不安などであることが多いと私は踏んでいるけど、果たして真実はどうだろう。
たとえば、親にほんのちょこっと同意をして欲しかっただけなのに突き放されて悲しかったとかそういったたぐいの、「自分が尊重されてない」感覚とかね。

なので、自分のたくさんの欲求で「わーっ」てなるときは、掻き乱される心の表面じゃなくずっと深層の昔のトラウマの根っこ(あくまで根っこ。表層の感情の嵐とは区別しなきゃならないので一朝一夕では難しいかな)を自覚する方がいいと思う。
つまりそういった意味でも

「自分に何が足りてないのか」を知ることが、結局のところ根本的解決だと、私は思うのである。


本文とは一切無関係な絵

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