見出し画像

あなたの人生は、いつか大切な人の希望となる③忘れられない出来事

麻由美と一人娘の美咲との物語
前回はこちら
あなたの人生は、いつか大切な人の希望となる②すれ違う思い|ミカモ(Mica Moriya


美咲が生まれる少し前
胎内記憶という言葉を初めて耳にした。

世の中には、そういった不思議な記憶を持っている子どもがいるんだなと、何処か他人事のように感じていた。

そして美咲が4歳の頃、おもむろに聞いてみた。

「お母さんのおなかの中にいた時のこと覚えてる?」
美咲は、首を左右に大きくふった。

あぁ…
そ、そうなんだ

気を取り直して、質問を変えてみた。
「それじゃあ、何のために生まれて来たのかな?」

大人の自分でさえ、答えに困るような問いが
唐突に口から出てしまった。

間髪を入れずに、美咲は言う。
「たすけるため」

えっ? 何で、即答なの……

「た、助けるって、誰を?」

「おかあさん」

何の迷いもなく、「そんなの当たり前」とでも言いたげだ。

――それって将来、美咲のお蔭で楽ができるということなのだろうか。
麻由美は、助けるという言葉にとらわれていた。

そのとき美咲は、ほんのわずかな間、急に大人びた顔に見えた気がした。

はにかみながらも、「これから、その約束を果たすために頑張るからね」と、心の声で訴えているかのようだった。


現実の育児は、その言葉とは裏腹に
目まぐるしく過ぎ去っていった。
ただ、麻由美は心の奥底で、助けるという言葉の意味をずっと探していた。

成長するにしたがって
美咲は気難しい子になっていった。

周囲の子どもたちと馴染むことができない
学校から呼び出されることが増えていき
いくつものトラブルが積み重なっていった。

勉強は申し分ないけれど、だけれど……

思春期を迎えるころには、口を閉ざし、麻由美と目を合わせなくなった。
母親のことを避けていることは、誰の目から見ても明らかだった。

まるで綱渡りのような毎日。
何を思い、何を望んでいるのか
気に入らないことが何なのか
美咲の姿から、その歩き方から
想像するしかなかなかった。

目の前にいるのに
声をかけられない自分が情けない。

何を頼りに、どう向き合えばいいのか
寄り添う、ということが
麻由美の前に立ちはだかっていた。

自由に、屈託なく笑顔で話しかけたいのに
きっかけがつかめないまま
沈黙に支配された家の中で美咲の気配を感じ、顔色をうかがう時間が流れていく。

麻由美は、ただただ臆病という名前の殻に閉じこもっていった。

糸口の見えない難しさを感じるたびに
遠い日のことが思い起こされた。


 ……たすける
      ため……


「なんでお母さんを困らせるの?」

「助けてくれるんじゃなかったの?」


それとも、私の育て方が間違っていたのだろうか。
美咲のことだけを考えて、ずっとがんばって来たのに。

麻由美の記憶の中に、今でもありありと見える景色
仲良くおままごとをして遊び
公園でバッタを追いかけて
絵本を読んで、笑い合った。

美咲には、もうそこにはいない
遥か遠くの世界に生きている。

ただ、助けるという言葉が
ささくれだったトゲのように
麻由美の胸の奥で鈍い痛みを放っていた。


いいなと思ったら応援しよう!

ミカモ(Mika Moriya) いただいたサポートは今後のクリエイター活動のために使わせていただきます。

この記事が参加している募集