見出し画像

あなたの人生は、いつか大切な人の希望となる⑥すべてを糧にして

麻由美と美咲の親子の物語
前回のお話しは、こちら
あなたの人生は、いつか大切な人の希望となる⑤母の試練|ミカモ(Mica Moriya


美咲を見送った日を境に、麻由美の日常の流れが明らかに変わっていった。

今までは日常のすべての時間は美咲のためにあった。麻由美には美咲のことしか見えていなかった。しかも心の中では、常にダメ出しをしているようなものだった。

伯母の残していった言葉が頭の中で静かによみがえる。

「美咲ちゃんは、私がしっかり見ているから大丈夫。それよりも麻由美さん、あなた自身の心をまず健康にしなさいね」

麻由美を責めるような言い方は一切ない。
けれども、答えを提示することもしなかった。

看護師という職業柄、身体の痛みや心に苦しみを抱えた人たちと向き合ってきたその目には、麻由美の心の痛みが手に取るように感じ取れていたに違いない。

伯母は、親子関係の破綻を何一つ責め立てはしなかった。そっと受容する姿に、麻由美自身はどれほど救われていたのか、今ならわかる。
だからこそ、これまでのことを振り返る心のゆとりもできた。

美咲がこれまで投げかけてきた言葉の一つひとつに、何を言ってきただろうか。

「お母さんは、どうして私を責めるの?」
「どうして、そうやって決めつけるの?」
「なんで、人と比べるの?」

「なんで」
「どうして」

いつも苛立つだけ。
「あなたのため」としか
返すことが出来なかった。

子どもは何もしらない無垢な存在で、親が一から十まですべてを教え込まないといけないものだと思っていた。
社会の仕組みの中で、競争に負けないように、少しでも有利な立場に立てるように。幼いころから勉強を教え込んで、少しでも高い学力、学歴を身に付けさせたい。

それは全て、麻由美の願い。
美咲の望みではなかった。

何も分からない幼子だと思っていた。
けれども実際には、その純心な美咲から気づかされることもたくさんあった。

「きれいね」と、道端に咲く小さな花に関心を向け
公園で見かけた虫を図鑑でたんねんに調べ
雨が降っても、風が吹いても、大喜びで両手を一杯に広げ、全身で受け止めようとするーー

今を懸命に生きること。
目の前で起きていることを全身全霊で感じ取ろうとする姿は、麻由美に大切なことを思い出させてくれた。

そして何よりも、自分の興味のあるものを純粋に追い求める姿に。

その時、麻由美はあの言葉を思い出していた。
「お母さんを助けるため」

知らず知らずのうちに型にはまった生き方をしなければと、もがき苦しんでいた。
本当はそんな生き方は嫌なのに、まるでリベンジをするかのように、美咲にも同じ生き方を強制しようとしてしまった。

けれども、美咲は、自分を曲げなかった。
大人の言いなりになることはなかった。

後になって、特性という言葉を告げられはした。でもそこには、美咲の譲れない意志が宿っていた。
自分の好きなこと、つまり持って生まれたものを表現していくことを諦めない、まっすぐに生きる姿が麻由美にはまぶしかった。

それは、子どもの頃に封印してしまった生き方だったから。麻由美は、厳しかった父の言葉に従う道を選んでしまったのだ。

「こうすることが、お前にとっての幸せな道なんだ」と。

本当にやりたかったこと。
心から喜びを感じるもの。
それを自分のこの手で実現できたらどんなに幸せだろう。

美咲は、自分の生き様で、「未来は自分でつくっていけるんだよ」と、言いたかったのかもしれない。



「お味噌汁、煮立ってない?」
美咲の声に、はっとする。

「あっ!」
「今朝は簡単でいいよ」
物思いにふけっていた麻由美の横で、美咲はトーストを焼き始める。

こんな日が訪れるなんて――。
あの日、あの時、想像もできなかった。

伯母も、母も、今日の美咲の姿を見ることは叶わなかった。
けれどもきっと、今も見守ってくれているに違いない。

お互いにぶつかり合い、背を向けても
またこうして分かり合い、支え合い、生きる時が訪れた
この先、別々の道を歩んでいく日が来たとしても
麻由美はこれまでの日々を忘れることはないだろう。

そして、自分自身の人生を歩みはじめたことに、静かなエールを送る美咲の温かな眼差しを確かに感じていた。

いいなと思ったら応援しよう!

ミカモ(Mika Moriya) いただいたサポートは今後のクリエイター活動のために使わせていただきます。

この記事が参加している募集