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「迷惑かけちゃった…」その瞬間に自分を消してしまわないで

迷惑かけてしまった…

そう感じた時、
「私には生きてる資格がない」とまで、
自分を責めてしまうこと、ありませんか?

私は、あります。

でも最近、そんなふうに
自分を追い詰めてしまうのは、
実はとても極端だなと気づきました。


私はいつも、
誰かの気分を害さないように、
相手の事情を読んで先回りしようとしてしまいます。

それは“気遣い”でもあるけれど、
よく考えたら──

相手の都合や気分を完全に把握するなんて、
不可能なんですよね。

今日も、ちょっとしたすれ違いがあって、
相手の表情に棘のようなものを感じました。

そんな時私はすぐに、

「私のせいかな?」
「何か気に障ることした?」

と、自分を責める方向にいってしまう。

でも本当は、

  • ただ相手が疲れていたのかもしれない

  • たまたま別のことで機嫌が悪かったのかもしれない

  • そもそも私とは無関係のことかもしれない

人の機嫌なんて、
こちらがどうにかできるものじゃないですよね。

それでも私は、
“直接イヤな空気に触れたくない”という怖さから、
事前に全部を読もうとしてしまう。

でもその「全部読もうとする努力」が
習慣になっていて、
私を毎日すり減らしているんだと気づきました。


家族という“集団”でも、「迷惑ゼロ」は不可能

私は、実家で暮らしていた頃から
先回りするのが当たり前でした。

それで衝突を避けられた経験もあったから、
「これが正しいやり方なんだ」と
思い込んでいる部分が強いように感じています。

でも、どれだけ気を使っても
家族同士は生活リズムが違うし、
小さなすれ違いは必ず起きる。

こちらが気づかないところで、
相手の中に引っかかりが生まれてしまうこともある。

それは家族でも、他人でも、
誰にでも起きる“ただの普通のこと”。

だから私は今日、ひとつ学びました。

完璧に迷惑をかけずに生きるなんて、
無理なんだ。

そして何かが噛み合わない日があっても、

「まあ、しょうがないよね。
みんなそれぞれの事情やコンディションで
動いてるし」

そんなふうに言える余白を、
自分の中に少しずつ育てていきたいです。

今日も、ちょうどいいを探してる🪴

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