#8-13 黒いオリジア石|追憶のオリジン~氷の女王の眠る街|第八章(終)→最終章へつづく
第八章 邂逅する記憶
第13話 黒いオリジア石(終)
【前回までのお話】
レイは、意見を違えていたルリとイオにオリジア石を返した。タトの罪悪感に、やはり共感できないルリに対し、レイは自分の気持ちを静かに語る――。
レイが不意に問いを投げかけた。
「ねぇ、ルリ。
君はこの旅に、何の見返りを求めているんだい?」
氷は光を反射して、まるで氷山全体が見つめているようだ。
「ただの平和よ」
ルリは静かに答えた。
「もちろん、個人的な苦労に見合う報いは欲しいわ。
あなただって『真実を知りたい』と望んでここまで来たのでしょう?」
誰もが何かを求めて、この氷山まで旅をしてきた。
タトは、己の存在意義を。
ミミは、共にいる時間を。
イオは、自分に与えられる役割を。
「私はこの手で平和を手に入れて、それを確かなものにして過ごしたいだけ」
ルリの言葉を受け、レイは静かに視線を落とした。
「そうか……。
それは君の『意思』で動いているということだね」
レイはゆっくりと顔を上げ、遠くを見つめるような目で続けた。
「僕はもう、答えを見つけた。
それでも進む。
これは、個人の意思だけじゃない。
僕がオリジンだから感じるのかもしれないけれど……僕たちは世界の一部で、世界は僕たちそのものなんだ」
あのとき、去っていくルリに、レイは答えなかった。 いや、答えられなかった。
でも、今は――
「命がけで誰かを助けることは、決して無意味じゃない。
僕たちは一人で生きているわけじゃないんだ」
想いを繋ぐことこそが、生きること…
「だから、裁判官ドーマは自身を氷の異形に変えてまで、ウォールと共に生き延びる道を選んだ」
「……あなたの考えは、美しい自己犠牲に聞こえるわ」
ルリは冷ややかに、けれどどこか震える声で反論した。
「それに、自分が死んでしまったらどうしようもないじゃない。
だからこそ、自分自身を大切にするべきでしょう?」
言った後、そのまま視線を鋭く逸らした。
その先にイオがいる。けれど、彼女の視線はイオの横を通り過ぎ、何もない空間を睨んだ。
「その通りさ、ルリ。だからこそ、自分を大切にすることは、世界を大切にすることに繋がる」
レイの言葉に迷いはない。
「だけどそれは、他者の拒絶や世界の破壊じゃない。
誰かを助けたいと願い、理解しようと心を砕くことは、自己犠牲ではない。
……捧げるつもりがないのなら、しなくていいんだ」
「……知ったようなことを言うのね」
「そうさ。彼女は僕らの女王だからだ。
世界のコアである女王を、僕らが壊すわけがない」
「壊さないわ」
ルリがきっぱりと言う。
「交代するのよ」
レイはつぶやいた。
「心臓は、交換できるのだろうか?」
「例えできなくても……存続や延命なら、できるかもしれないじゃない」
「君は、裁判官と同じことを言うんだね」
レイの静かな指摘に、ルリは息を呑んだ。
「……っ! 違うわよ!」
息を詰めたルリに、タトの穏やかな声が響いた。
「ボクはただ、女王に居てほしいんだ」
ルリが振り返ると、タトは祈るように目を伏せている。
「まだ会ったことはない。
けど、彼女は女王としてパレスに生まれた。その運命を受け入れて……その上で、生きてほしい。
つらかったら、ボクがそばで支える。この力の続く限り」
「生きる世界がなくなったら、支えることもできないわ!」
ルリが叫ぶように言った。
しかし、タトは静かに首を振る。
「形あるものに固執しすぎれば、それは淀みになる。
ボクはただ、今できる限りのことをしたい。
もし力が及ばなかったら、その時は一緒に空を見上げよう。ボクらは故郷でずっとそうしてきた。
情けなくても、悲しくてもいいんだ。
また朝が来るのなら、ボクらは生きていると言えるから」
タトはルリの手元を指差した。
その目は、優しく深かった。
「この石たちは、きっと目覚めの石だ。
ルリの石だって、こんなに輝いているじゃないか」
ルリは自分の手の中にある黒いオリジア石を見つめた。
それは黒曜石のように黒く、光の角度によって万華鏡のように様々な色彩を映し出している。
白くまばゆい光よりも、この黒い輝きに、ルリはなぜか心惹かれた。
ささくれ立っていた心が、柔らかい風になでられたように、そっと落ち着いていく。
自然と、ルリからかすかな音がこぼれた。
そのハミングはやがてメロデイーとなり、美しい唇から流れ出す。
彼女の体という楽器を通れば、どんな響きも人々を癒す調べとなる。
氷山の冷たい静寂に流れる、どこか悲しく、けれど慈愛に満ちた歌声。
その声に包まれながら、五人は心の底から癒されていくのを感じていた。


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