#6-7 白波のカーテン|追憶のオリジン~氷の女王の眠る街
6-7 白波のカーテン
心を撫でるような彼女の話を聞き終わると、
一呼吸置いてから、モーゼは静かに口を開いた。
「私たちは、この地下という、地上の脅威に晒されない安住の地で文明を守っている。それは以前にも話したね」
ラーが、水路に揺れる赤い実のついた植物にそっと触れて、話を引き継いだ。
「ルリさん。私もね、できればここをより多くの人に広めて、みんなを幸せにしたいと、若い頃は思ったものよ」
「では……!」
ルリの頬が紅潮する。今なら自分も力になれるのだ。
横壁一面に温水がカーテンを作り、受ける水路では小魚がチラチラと光を反射していた。
「でも、ね。自分の幸せが、他人の幸せとは限らないのよ」
ラーは、ルリの意志の強い瞳を見つめ、穏やかに微笑んだ。
「あなたは愛されて育ったわね。生まれた町、多くの人々、そして今の旅の仲間からも」
ルリはその言葉に頷いた。
「ええ。もちろんです。だからこそ、私の町も、この世界も、良くしたいんです」
「本当に強くて優しい子ね。光みたいだわ」
ラーは、まるで愛しい孫を褒めるように言った。
「それゆえに、女王が正しくあれば、みんなが幸せになれると。みんながあなたと同じ気持ちなのだと、思うのでしょう」
そして、遠くを見るように放った次の言葉に、ルリの心臓がドクンと鳴った。
「もし、私がこの地下都市を世界に広めたら、私はこの国の女王になれたかしら……」
その目つきは、一瞬ギラリと光ったように見えた。
「ラー!! まったく、君は……!」
ラーはふっと笑い、手を払ってモーゼを落ち着かせた。
その顔は元の、温厚な初老の女性に戻っていた。
ラーはそっとルリの前に歩み寄ると、わずかに震えるその手を包み込んだ。
ラーの手は、地下水のように冷たく、しかし優しかった。
「ルリさん。私たちは、一緒には行けないわ。
私たちは、あなたにここに留まることを強要しない。そして、旅立つことも否定しないわ」
ルリはその言葉が、まるで異国の言葉を聞いているかのように感じられた。
ラーはそれ以上、何も言わなかった。
ただ、少し悲しそうに、遠い先を見守るような微笑みをルリに向けただけだった。
しかし、協力が得られないことだけは、ルリにもはっきりと理解できた。
沈黙の後、ようやく胸を落ち着けて、ルリは重い唇を開いた。
「……一人でやれ、ということですか?」
その声にはいつもの歌うようなたおやかさはなく、氷のように張り詰めていた。
ラーはゆっくりと首を横に振る。
「いいえ。
私たちは、世界がどうなったとしても、どちらにしろ、女王に感謝しているの。
彼女がこの世界を創り、私たちをここに産み落としてくれたんですもの。
それだけで、十分なのよ」
その言葉は、ルリにとって最も理解しがたいものだった。
感謝? 世界の終焉をもたらす存在に?
ルリは冷たいラーの手から、そっと自分の手を引き抜いた。
地下都市の柔らかな光が、急に薄暗く感じられた。
(つづく)
◯本編はこちら
◯設定・サイドストーリーはこちら
いいなと思ったら応援しよう!
ここまで読んでくれてありがとう♡