#8-4 ルリの不協和音|追憶のオリジン~氷の女王の眠る街

8-4 ルリの不協和音
レイとイオが上階の確認に向かったあと、残された三人は、イオが置いていった毛皮を階段に敷いて身体を休めていた。
ミミが小さな炎を出し、手持ちのシードを炙って分けた。
「ルリ、寒いの?」
シードを手渡すミミが尋ねる。
ルリの指先が、かすかに震えていた。
「いいえ、少し疲れたのよ。休めてよかったわ」
「イオがいないと不安かい?」
タトが心配そうに顔をのぞきこんだ。
「そんなことないわ。
……あなた達は、門番と裁判官を退けたのよね。それでも女王を助けるつもりなの?」
「ボクたちは、まず、女王に会って話をしなければならないと思っているよ」
ルリは、タトの穏やかで真っ直ぐな瞳を見つめた。
「タト、あなた、少し変わったわね」
以前、意見の相違からルリが離脱した際、取り乱していたタト。
今はそんな出来事などすっかり忘れたかのように微笑んでいる。
「そうかな」
「……女王は、本当に目覚めるかしら」
「目覚めるよ。門を通れたからね。あの二人が拒んでいただけなんだ」
「本当にそうかしら。もし、その拒絶が女王の命令だったとしたら?」
「それも、確かめよう」
「そんなに悠長にしていられればいいけれど。
私の故郷のヴァリスは、理由も分からず外部から奇襲された歴史があるわ。言葉が通じない相手もいるのよ」
「……イオは?」
タトがふと、問いを変えた。
「え?」
「彼はなぜ、君についていったの?」
「イオは合理的よ。機能しない体制は刷新すべきだという考えを、彼は支持しているの」
「……そう」
「なのに……」
なぜ今、彼はレイに付いていったのか。
それが、ルリを言いようのない不安にさせていた。
合理的。そうだ、彼はいつだって合理的だった……。
イオはこれまで、常にルリに従う姿勢を見せてきた。ルリは、口にこそ出さないが自分の持つ魅力を感覚的に知っている。
男は大抵、ルリの言動に浮き足立ち、判断を緩ませる。そこをそっと支えてやれば、彼らは実力以上の働きを見せるのだ。
これまで、ルリに扱えない人間はいなかった。ヴァリスという小さな村では老若男女すべてがルリを支持し、女神のように崇める者さえいた。
偏屈な長のヴォルドですら彼女には異を唱えず、あまつさえ亡霊までも手なずけてきたのだ。
出会った時のイオも「誰かの役に立ちたい」と言い、他の男たちと同じく、その対象にルリを選んだように見えた。
それはこの過酷な旅において、ルリにとって極めて都合のよいことだった。
なのに、時折、彼の本心が見えない。
(イオは私に心酔しているんじゃなかったの?)
ルリの言葉に耳を傾け、甲斐甲斐しく動いていたイオ。
もし、あれらすべてが彼自身の描く「刷新」への最短ルートに過ぎなかったとしたら……。
ルリの顔からサーッと血の気が引いた。
これまでの甘美な支配の記憶が、みるみる色あせていく。
レイには、最初から自分の魅力が効かない。ラーフェのラーも信念が強く、手強かった。
そして、もしイオまでもが、自分の魅力で従っていたのではないとすると――。
(合理的に駒にされているのは……)
その考えが、頭の奥で静かに形を成す。
指の震えが、一段と激しくなった。
それはもう、疲れのせいなどではなかった。
突き上げてくる怒りに似た感情。
ルリは指先まで伝わるその震えを抑え込むように、組んだ両手が冷たくなるほど、強く握りしめた。
(つづく)


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