#6-10 空白の塔|追憶のオリジン~氷の女王の眠る街
6-10 空白の塔
遠くがチラチラと明るい。
ミミの炎だ。
タトとレイはそれを頼りに、雪煙の巻き上がる氷上を歩いた。
時折、風が雪をさらうと、ガラスのような氷の底に沈んだ街が覗いた。
二人は自然と湖底に見える道を辿った。足先から体温が徐々に奪われていく。
レイは杖の仕掛けを動かしてツメを出し、氷に食い込ませて先導した。やがて街の中心、教会塔がある辺りにさしかかると、それは現れた。
巨大な影が、斜めに傾いたまま氷の下に封じ込められていたのだ。
「これは、古い塔だ……当時のまま沈んでいるのか!」
完全な姿の300メートルを超える巨塔。
土台から、中央大通りに沿うようにして倒れ込み、四十五度ほどの絶妙な角度で静止している。
「気泡が見える。水に沈みながら凍ったのだろうか…。これが、『空白の塔』か」
かつて各街に存在したはずの、失われた塔。 氷の下を覗き込むレイの吐息が、白く、細く漏れる。
「てっぺんまで辿ってみようよ!」
ミミはそう言ったかと思うと、また姿を消した。
束縛から解放されたのが、よほど嬉しいらしい。
しかし、あのカゴのおかげか、あれから魔攻撃が止んだのも事実だ。
タトは不安になる気持ちをぐっと抑え込んだ。
今は、レイの言葉がある。
大丈夫だ、仲間を信じよう。
風はいっときも止まず、視界は白い。
広大な湖に横たわる塔を、二人はゆっくりと尖塔まで、氷の上を辿った。
数分歩き続け、ようやく辿り着いたその先端は、ちょうど氷面のすぐ下にあった。
「ほら!てっぺんがここにあるの!」
先に待っていたミミが指差す。
レイが慎重に氷越しにのぞき込むが、鎮座しているはずのオリジア石は、そこにはなかった。
「街の人々は、どこへ行ったんだろう…」
タトは周囲を見回してつぶやいた。
そのとき、氷上を鋭い突風が駆け抜けた。
風は、塔の尖塔が指し示す方へと走り、雪煙をすーっと切り裂いた。
視界がひらけたその先に、一本の白い道が浮かび上がった。
まっすぐと、あの氷山の方向へ伸びている。
「……あの道が、氷山へと続いているんだ」
タトは道を見据えて言った。
「行こう」
三人はその道を目指し、まっすぐと進んでいった。
***
ルリは、生まれて初めて「迷い」の中にいた。
もともと、判断は速いほうだった。
選択を後悔した記憶はほとんどない。
常に自身の選択に誇りを持って生きてきた。
それなのに今、歩みが止まる。
道筋はシンプルだ。
間違ってもいない。
なのに、状況だけがついてこない。
タトは女王を救おうと言い、ラーフェの人々は「すでに救われている」と言う。
唯一、理解してくれているはずのイオも、今は測りきれない。
彼は、夜も仮面を外さないのだ。
誰を信じるか。誰を味方に置くか。
――いいえ、ここは冷静に行動しなくては。
「この場所」は、違ったのだ。
私の来る場所ではなかった。
ルリは、ゆっくりと息を吐く。
ならば、選択は一つだ。
ルリは顔を上げた。
ふっ、と微笑む。
止まっていた足を、一歩、踏み出す。
口から無意識に、意味のない旋律がこぼれた。
それは、彼女の思考が澄みわたっていく合図だった。
足取りは徐々に軽く、次第にステップを踏むように弾んだ。
ルリは駆けるようにして小さな木戸から地上に出た。
「――イオ!」
名を呼ぶと、待機していた仮面の男が間をおかずに応答する。
「ラーフェは地上へは来ないわ。私たちは、タトたちを追います。異存はある?」
「ありません」
「働いてもらうわよ。期待しているわ」
「わかりました。必要とする方の傍らに立ちましょう」
ルリはそれを聞いて満足げに頷いた。
こうして、ルリとイオは愛の塔の街ラーフェを後にした。
ルリはその本能的な勘で、すでにイオフィリアの能力を見抜き、使いこなすコツを得ていた。
けれど、油断はできない。
『イオフィリアには気をつけなさいね…』
ラーの言葉が警鐘を鳴らす。
しかし、その言葉も、今のルリには楽しむべき音となっていた。
彼女は今や、ワクワクとすらしていた。
自分が組み立てた計画は、この先にある。
その答え合わせを心待ちにする自分を、心のどこかに感じていた。
(つづく)



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