質問箱への回答㊺『手放しとTFT ーTFT でケアされた感情はどうなってしまうん?』
実はすこし前に note の運営から「質問箱作ってみたんやけど」というお知らせがあって、これまで利用していた Peing 質問箱を廃して、プロフィールなどに書いていた質問用のリンク先を note 質問箱 へとこっそり変更していました。
前回の質問が昨年の5月だったので、超久しぶりということになりますが、ご質問いただいてありがとうございます。一時(ちょうどその前回の質問の頃)は「もう書くことねえし、質問にだけ答えていったらいいのかな?」などと思っていたりもしましたが、なんだかんだと書くことは一杯あったよね、という一方で、質問のほうはあれからぜんぜん来なくなってしまっていました。その理由として当時、多少面倒くさいことがあったので質問される場合は note のわたしのアカウントをフォローしていて、質問文でそのアカウント名を書いていただくことなどを条件としたから、ということもあったかと思いますが、それも含めたタイミング的なものだったのでしょう。かなり多くの質問に回答してもいましたし記事数そのものもどんどんと増えていましたから、新たな質問の余地は多少なりとも減っていたかも、とも思います。
ちなみに前回のご質問と回答はこちらの記事です。質問箱への回答というシリーズにしており、マガジンも作っていますので、Q&Aをまとめて読まれたい場合はマガジンをフォローしてください。
note 自前の質問箱は設定で質問者をフォロワー限定にすることが可能になっていて、回答する場合も直接質問者さんに回答する形をとるか、今回のように質問文を記事に引用する形で回答するかを選ぶこともでき、今回はじめて使うわけですが、とても使いやすそうです。なお、今回もそうしていただいておりますが、note 内の機能としてフォロワー限定で質問可能にはなっていますが、どなたからの質問であるかは分からない仕組みになっているようです。ですので、今後も質問文の冒頭にアカウント名を書いていただけるようにお願いします。仮にその方が note で記事を書かれている場合、回答する前に可能な限り読ませていただくことになると思います。そうすることによって質問の内容の背後にある文脈(コンテクスト)を多少なりとも理解することが可能になり、回答の精度も上がるものと期待します。※もちろん、記事を書いてない方のご質問も問題ありませんよ。
さて、それでは始めていきましょう。今回いただいたご質問はこちらです。
たなかさん、ご質問ありがとうございます😉✨️✨️
質問を要約すると『 TFT をやったら不安がなくなったけど、簡単になくなりすぎてこれはこれで大丈夫なんやろか? 明け渡し(手放し)とはどう違うん?』ということですね。回答していく前に、TFT 関連の記事をシェアしておきます。
上の記事は、わたしが note や in SPIRE でなにを皆さんに「やってくれ」と伝えているのかをまとめたものですが、そのなかに TFT も採り上げており、そこから最初に TFT について言及(紹介)した記事へもリンクされています。また、note においては
from:@merciful TFT
と note の検索窓に入力していただくと、TFT について言及した記事を見つけることができます。よって、ここでは TFT とはなんぞや? 的な話は割愛させていただきますね。
TFT が効きすぎて不安は消えたけど、ちゃう意味で不安という話
不安に対してTFTを行ったところ、不安のレベルが7から1に下がり、大変驚きました。
ただ、気になるのが、不安が無くなった、解消された、克服できたという感覚よりは、その不安を考えようにも、実感として感じることができなくなったという感覚があります。
これは、わたしもそう感じますし、TFT の研修をわたしは二回(TFTパートナー、初級アルゴリズムレベル)受けたんですけど、その場で一緒に学んだ人たちも大半がそういう感想を口にしていました。
不安といっても、未来への漠然とした不安であったり、例えば誰かになにかを任せるあるいはお願いしているが果たしてうまくやってくれるだろうか? といった不安であったり、明日のプレゼンの準備はこれで万端だろうか? なにか抜けはないだろうか? といった不安であったりと様々です。
TFT の不安に対応するレシピ(眉頭→目尻→脇の下→鎖骨のあたり)を行うと、不安を感じている状況については(当たり前ですが)一切変化していないのに、不安という感じだけが消失してしまいます。もちろん、個人差もありますし、同じ人でも不安の強さによっては一回でスッキリというわけにはいかないこともあります。ちなみに個人差とは書きましたが、人間の身体はみな同じようにできていますから、TFT が効かない人というのは一言でいうと「そんな、ツボをとんとんやるだけで不安が消えたりするわけないだろバーカ」と思い込んでいる人です。そういう人がどうこうと言うつもりはありませんが、TFT が効かないと思ったなら固執せずに別の方法(つまり、手放しや明け渡し、あるいは心理療法など)で根深い感情やトラウマに取り組むべきです。
明け渡しでは身体感覚などでただ感情をジャッジすることなくそのままにしておけば、エネルギーの総量が減っていくと解釈していたので、アプローチの違いに戸惑いました。
TFTがあまりに簡単かつ劇的なので、(BLACK様もチートと仰っていましたが)なんだか、感じるべき感情をブロックしてしまったのではないかと危惧しております。
このように感じられるのもごく自然なことですし、むしろ明け渡しについてよくご理解されているからこその疑問というか違和感ですね。
たしかに感情は一種のエネルギーであり、ホーキンズ博士も『「手放し」のすすめ』で書いていましたが、一つの感情の背後(あるいは土台)には無数の思考があります。これはネガティブな感情でも、ポジティブな感情でも同じで、言ってみれば「感情・思考コンプレックス(複合体)」のようなものが人間の心の世界には存在しています。
それが形成されるメカニズムの詳細まではわたしにも分かりませんが、いずれにしても問題は、そのような感情・思考の複合体をエゴは「自分のもの、自分の所有物である、あるいは自分そのものである」と思っているところにあります。このことを「エゴが感情と一体化している」と表現することもあります。
明け渡し(手放しも同じもので、博士は "感情を明け渡す" ことを手放しと呼んでいます)とは、この一体化を解体する取り組みということができます。真に明け渡しというと、それは自由意志そのものを神へと返すということなので、「取り組む」ということ自体が明け渡せてないじゃん、ということになるのですが、物事は段階的に捉えるべきであり、博士もそう思うからこそ「まずは感情を明け渡してみようよ」と言ってあの本を書いたんだと、わたしは思っています。
それで、ポイントはと言うと『「手放し」のすすめ』を読まれたならお分かりだと思いますが、手放しには時間の経過が伴うということです。感情との一体化を解体するためには、たなかさんも書かれているように "感情をジャッジすることなくそのままにしておく" というプロセスが必要です。そもそもで言うと、このプロセスが起こるためには感情に気づくということが絶対不可欠です。怒っている人にそれを指摘すると「怒ってないわ!!😡」とキレられて「ええ……、めっちゃ怒ってるやん🤔」ってなるのはあるあるですが、ともかく、感情に気づくにはそのためのメタ視点がまず必要になります。
このメタ視点そのものは気づきの第一歩で、メタ視点があるから悟っているとか覚醒しているとか思っている人もいるんですが、そうではありません。これは人間の心の基本的な機能です。むしろ、その基本的な機能すら使えなくなっている人(😡←こういう人)が多いというだけのことです。ともあれ、感情への気づきが第一歩で、その次に「ジャッジしない」が始まります。ジャッジしないというのは、問題にしている感情はなべてネガティブなものですから、そんな感情が現れていることに気づけばそれを否定したくなるわけですが、あえて否定しないというのが具体的な中身になります。また、そのままにしておく、というのは執着しないということです。
なんでこれが手放しのプロセスなのかというと、要するに感情(思考もですが)というのは「ただ現れてくるもの」であって、つまりそれは肉体精神機構の自動的な反応に過ぎないからです。いまの自分の肉体精神機構はそんな風に、つまりこういう状況ではこういう感情が現れるようにプログラムされているんだな、そうなるしかないようになっているんだな、だったらジャッジしたり執着しても意味ないよね、というのが手放しであり明け渡しのプロセスの真相です。
このプロセスをすべてのネガティブな感情に対して、それが現れてきたときにも、あるいは自分にとって根深い問題と気づいているときにはいつどんなときでも行っていくというのが手放しのすべてです。と、このように書くと "なかなか大変そうやなあ" と感じるかもしれませんが、実際には、感情の問題へのアプローチとして手放しは最短最速といってもよいものです。チートをしなければ、の話ですが。
『「手放し」のすすめ』の第一章「はじめに」という冒頭の文章を注意深く読み直してみてください。そこには、ありとあらゆるメソッド、療法、セミナー、プログラム、ワークショップといったものが羅列されています。いずれも人生の問題(人生の問題の大部分は人間関係の問題であり、人間関係の問題とはつまるところ感情の問題だったりします)を、少なくとも部分的には解決してくれるものと銘打たれているものばかりですが、冷静に読めば、それほど沢山のものがあるということは、どれもこれも根本的な解決をもたらしてくれるものではない、という意味でそこに並べられているのだということが分かるはずです。
つまり逆にいえば、手放しはそうした様々なものが解決してくれなかったものを解決するためのメソッド(単なるメソッドではありませんが)であり、なぜそう言えるかというと、上に書いたように問題の本質である "心の一体化" にアプローチしているからです。言ってみれば「はじめに」に羅列された様々のものは "対症療法" 的なものであり、対して手放しは "根治療法" だということです。
『「手放し」のすすめ』はより一般向けに書かれているため、本文中に意識レベルの概念や悟りや覚醒や非二元といった言葉はほとんど登場しませんが、そのようなスピリチュアルな教えはそもそも人間の知覚の問題、つまり二元性に囚われていることに端を発する諸問題(に感情の問題も含まれますが、要するに「苦」のことです)のメカニズムを指摘し、そこから脱する(解脱、解放、あるいは悟りや覚醒)ための方法を説くものです。ですから、手放しはその入門編と呼ぶこともできるわけですが、入門編だからといって効果もほどほど、というようなことはまったくありません。
博士の提唱している手放しは非常に洗練されており、悟りとか覚醒とかいったことにまったく関心がないままこの本にであって読んで、内容の実践に取り組むだけでも、なかには覚醒や悟りといった意識レベルにまで飛躍してしまう人もいるはずです。そこまででなくても、この本は意識レベルの低い領域にある重いアトラクターの影響を取り除く効果をもたらしてくれるので、誰でも意識レベルの上昇を期待できます。これを心に刺さったトゲを抜いてくれる、と表現してもよいでしょう。
なお、たなかさんが言われた「エネルギーの総量が減っていく」について触れておくと、感情との一体化の解体が進むことによって、感情(感情・思考複合体)のエネルギーが減っていくというのは正しい理解です。逆に言うと、感情はただの感情なのですが、エゴがそれにエネルギーを与えているのです。エネルギーが供給され続けることによって感情は強大になり、やがては手がつけられなくなります。そこでエネルギーの供給を断つと、つまり手放しによって一体化を解除すると、やがて感情は力を失って最後には消えてしまいます。ですが、根深い感情はエネルギーを相当溜め込んでいますから、一体化を解除することに成功したように思えても、息を吹き返してくることはあります。※これは、前回の記事で書いた心のプログラムに働く慣性と同じことを言っています。
さて、先に手放し(明け渡し)についての説明をしてきましたが、それらを踏まえて TFT についてお話しましょう。
いきなり結論ですが、 TFT を施すときには、なにが起きているのでしょうか? あくまでわたしの見解ですが、明け渡し(手放し)は感情・思考複合体と心の一体化を解体するアプローチであり、TFT は感情と思考(記憶)の結びつきを "切断" するものです。
別の言い方をすれば、感情・思考複合体そのものを「ぶっ壊す」のです。ですから、不安なら不安になっていた状況そのものは何一つ変わっていない(TFTの処置はほんの数秒から数十秒ですから当然です)のに、その状況に紐づけられていた感情だけが感じられなく、あるいは感じにくくなってしまうのです。効果が劇的であり、かつ時間の経過も伴わないので、違和感を覚えてしまうのも当然です(が慣れます)。
しかしながら、じゃあ TFT が効く人なら TFT だけやってたらいいじゃん? と考えたくもなりますが、そうではないかもしれません。というのも、いま書いたわたしの見解が正しいなら(たぶん正しいです)、いったん切断された感情・思考複合体がバラバラになって、また別の結びつき方をした複合体を形成する可能性があるからです。つまり、心の一体化が直接解体されているわけではなく、あくまで一体化していた対象が形をなさなくなっただけ、という見方もできるわけです。
翻って手放しの場合は都度アプローチする感情は違っていても、試みているのは常に感情との一体化の解体というものなので、手放しはやればやるほどうまく行くようになり、次第に手放しが "常態化" していきます。つまり、それが意識レベルが大きく高まったということなのですが、TFT の場合はちょっと違うかもしれません。もちろん、深刻な問題が TFT で解決することでも意識レベルは浮上しますが、また別の問題が現れてきて、揺り戻される懸念もあるということです。とはいえ、これは理屈上の話であって、実際には TFT が効く分には使いまくるとよいです。わたし自身もめっちゃ使いました。でも、TFT だけやるのではなく、それこそ手放しを併用する方が絶対によいです。それに、TFT は基本的なレシピは三つ(不安、怒り、罪悪感)しかありませんし、実際の処置にも時間はほとんどかかりませんから、取り組みの重心は手放しに置くべきです。
ちなみに、感情は複雑で、自分では不安だと感じていても、実は怒りが底にあったりします。ですので、TFT をやって効果が今ひとつだというときは、すこし時間をとって感情を見つめ直しつつ、他のレシピも試してみるとよいです。あと、森川先生に直接聞いたんですが、鎖骨の部位のタッピングは「句読点」のようなものだと考えるとよいそうです。ので、わたしは特にこれといった感情が気になるというわけでもなく、なんとなくモヤモヤするときや、ちょっと気分を変えたいなというときには、鎖骨のあたりだけトントンしています。これは今でもやっています。
というわけで、これで以上になりますが、参考になりましたら幸いです。わたしの回答で分からない部分やさらに気になったことがあれば、この記事のコメント欄に書いてもらうとよいです。それでは、最後まで読んでくださってありがとうございました。また他の質問もお待ちしていますね😉✨️✨️
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