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『意図の力について』の追加情報

年間で一番つらい時期

この六、七年はこの時期になると必ず体調がめちゃくちゃ悪くなります。というか年間を通してだいたい調子は悪いんですが、それでも去年は一週間以上続けて仕事を休むようなことはなかっ…、いや、ないことはないわ、あったわ。コロナみたいなのに罹って喉がめちゃくちゃ痛かったわ。でもあれはイレギュラーな病気で母も一緒に罹ってたやつだし。とにかく去年はこの時期も比較的穏便に過ごせたように思います。なにをしてたかな? と思って当時の記事をみたら NLP について書いていた頃ですね。

時期的には花粉症と黄砂の影響が疑わしいんですが、花粉のアレルギーテストでは陰性だったんですよね。でもこの時期の不調は "無限の風邪"アンリミテッドコールドとでもいうべきもので、高熱が出たりはしませんが一向に治る気がしない(実際治らない)風邪がずーっと続く感じです。ある程度は花粉症ぽいです。黄砂についてはよく分からないですが、ちょっと調べた感じでは花粉症と似たような不調が出るみたいなので、やはり黄砂のせいかもしれません。大阪からどこかに移住したいという考えは持っていないのですが、黄砂と花粉がないような場所でこの時期だけでも一度過ごしてみたいですね。

ちなみに、もし引っ越すとしたら都会にある規模の大きな公園のすぐ近くとかがいいです。自然のある場所を求めてはいるのですが、超都会っ子なので近所に繁華街がないと生きていかれません。理想的には昔2年ほど住んでいた代々木八幡とかいいですねえ。目の前が代々木公園ですし、渋谷まで歩いて10分ほどです。家賃とかはくそ高いですけどね。大阪なら靭公園の近くかなあ。もうちょっと大きい公園がいいけど。でもまあ、今の場所で一生を終えるでしょうおそらく。


さて、与太話はこれくらいにして本題に入りましょう。前回の記事「意図の力について」の内容に追加する情報を記しておきます。それではどうぞ。

意図が作用するワケ

前回の記事では "意図" について色々と書きましたが、結論としては意図の作用は強力であり、霊的な探求者が成就するかどうかも意図次第であるということでした。

ここでは補足として、なぜ意図の作用は強力なのか? そして、そもそも意図はどのように作用するのか? について追加の情報を提供したいと思います。こういうのはいっぺんに全部説明してしまうよりも、ある程度の疑問や不明点を残した形で一度終わっておいて、読者のみなさんの中でそれについて自然と考えてもらう時間を置いたのちに改めて続きを書いた方がよいのではないかと、最近思うようになりました。

理解は一気に進むこともあれば、しばらく足踏みが続くこともあります。一気に進むのは稀で、それには恩寵の力が働いています。大切なのは足踏みの時期で、おなじ足踏みでもよい足踏みとそうでない足踏みとがあります。この足踏みの期間をどう過ごすかによって、次の前進のターンでの進み具合が違ってきます。というわけで、うまくいくかどうかは分かりませんけど、なるべくよい足踏みを踏んでいただけるような記事の書き方を考えていこうと思っています。

それとまあ、なんでもかんでも詰め込んでいたのでは記事が長くなりすぎるというのもありますけどね。それに、わたしがこれで全部だと思って書いたところで読者のみなさんの疑問や質問が尽きることはないかもしれません。ですから、当該記事についてのご質問は記事のコメント欄にて、そういう感じでもないご質問は質問箱に送ってください。

というわけで、見ていきましょう。

さて、前回の記事でわたしは「意図とは決意であり、覚悟である」と書いた(と思う)のですが、これについてもう少し言うとするのであれば「強い意図とか弱い意図といったものはなく、現実に影響をもたらすほどの強いエネルギーを持った心の焦点化こそが本当の "意図" であり、それは決意や覚悟といった形で結ばれる」ということです。"焦点化" とか "結ばれる" とかについては後で述べますが、したがって「強い意図でなければそもそも意図とは言わない」ということです。

※ちなみにですが、もちろんこれはあくまで特定の文脈における「意図」のことであって、一般的に用いる「意図」という言葉のことではありません。

さて、心の焦点化とは文字通り心をある一点に集中させることです。意識レベルを高めることを意図する(決意する、覚悟する)というとき、心において二つの動きが起こります。

まず一つ目は「意識レベルを高めること以外のこと(に心のエネルギーを向けること)を放棄する」ということです。意識レベルを高めることに専念する以上、諦めなければならない物事はたくさんあるでしょう。それがなにかは、その人のその時点での意識レベルによって違ってきますし、諦めるなにかを見出していくこと自体が霊的な修行でもありますから、ここで具体的には述べません。

ところで、いまは「意識レベルを高めること」を意図するという文脈で話をしていますが、意識レベルを高めることとは具体的にいうと「真実から目を背けない勇気を持ち、他者を裁く代わりに寛容さをもって彼らを思いやり、親切に接することができる人になること」です。そしてもう一つには「意識レベルの低い(200以下)の人物や事物を避ける」ことです。これら以外にも言い様はもちろんありますが、このことを意図して "覚悟を決めて" コミットするだけで意識レベルは浮上していきます。あとは、それぞれのレベルで起こることが起こってくるでしょう。その中でより高い意図も自然に生まれてくるはずです。

気がついた方もいるかもしれませんが、これはバクティ(明け渡しの行)でもあります。バクティにも様々な段階があり、初歩的なところでは禁欲とか戒律を守るといったことに似たものになりますが、ここで言っているのはまさにそういうものです。これに決意のうえでコミットしていくことで、意識レベルを高めることに対してより多くの心的エネルギーを注ぐことが可能になります。

二つ目は「心のエネルギーの位相を揃える」ことです。思考であれ感情であれ、それは一種のエネルギーです。エネルギーであるということは、それは波でもあるわけです。なんの意図もない状態の心のなかでは、無数の乱雑な心的エネルギーの波が四方八方へと飛び交っています。この状態では現実はどのようにも変化しません。というのも、心をどこかに向かわせようとする新しい波が生まれても、それとは別の方向へと向かう波が常に存在していますから、この新しい波の力は相殺され、あるいは打ち消され、まもなく消滅してしまうからです。

決意をすることによって、まず先に説明したように「目的以外のことを諦めること」によって、これらの乱雑なエネルギーの波、つまり雑念が取り除かれます。もちろん、最初から綺麗さっぱりとはいかないでしょうが、時間とともに雑念は減っていき、目的にコミットしようとする思考がつねに心に居座るようになっていきます。

とはいえ、目的である「意識レベルを高める」ということについての思考と一口に言っても、それにも様々なものがあるわけです。なかには誤った考えや混乱した考えもあるでしょうし、自分の取り組みはこれでいいのだろうか? という迷いもあるでしょう。

こうした思考や感情の波の数々は、それでも大雑把には目的の成就(現実化)の方向へと向かっていると言えますが、正確(精密)ではないしバラついてもいます。それに、波の振幅と波長も個々に違っています。この状態では実際に目的の実現というピンポイントへと到達している波はそのうちのごくわずかとなりますし、届いているそのわずかな波もそれぞれに位相が異なっているため互いに干渉しあい、弱まってしまいます。すなわち、この状態では目的は現実化しません。

目的である「意識レベルを高めること(あるいは覚醒や悟りでもよいです)」を現実化させるためには、それに関するすべての心的エネルギーのベクトルと位相を揃えて "コヒーレント" な状態にすることが必須です。つまり、いうなれば "心的パワーのレーザー光線" を目的にぶつける必要があるというわけです。そして、それを可能にするのが "意図" であり、決意であり覚悟なのです。この、心的エネルギーのコヒーレント化が「心の焦点化であり、意図を結ぶということ」です。

念の為言っておきますが、もちろんこれは「こういうふうに考えたらいんじゃね?」という比喩的な説明ですよ。でも、なんとなく分かってきたんじゃないでしょうか? つまるところ、意図(決意、覚悟)とは "選択と集中" です。なにかを選ぶということは、なにか以外のものは選ばないということです。目的を選択し、それに心を集中させると、集中しているその人と、集中されているその対象(目的)は霊的次元において同じ(=ひとつ)になります。それが成就の仕組みですが、ここの部分についてはまた別の記事で取り上げることにしましょう。

さて最後にこれを言っておきましょう。心的エネルギーのレーザービームが目的に照射されると、そこになにが起きるでしょうか? ずばり、"意図がアトラクターフィールドとして作用" します。このアトラクターフィールドが意図を成就させるような現実と経験をあなたの人生に引き寄せるわけです。トランサーフィン流にいえば、このアトラクターフィールドがあなたの人生ラインを移動させます。まあ正確にいうと、意図が焦点化されると、その意図の背後にあるアトラクターフィールドが活性化し、そのアトラクターフィールドの意識レベルに沿った現実が展開される(※)、ということになりますかね。それに伴って、あなたが求める意識レベルで生きることができるように、あなたの脳機能や神経回路のキャパシティも向上します。

※厳密にいうと「引き寄せ」ではなく「引き寄せられ」が正解に近いです。トランサーフィンで言っても、別の人生ラインへと移動するのではなく、移動させられると考える方が正しいです。アトラクターとは「引きつけるもの」という意味ですから。

意図とアトラクターフィールドについては、この動画も観ておいてください。ちなみにこの動画に出てくる「invocation」は神や神霊を召喚するための儀式的な祈りというニュアンスで、これに対して「pray」は懇願的な祈りです。一般的に祈りというときは pray ですが、神への明け渡し(博士は献身と表現しますが)という文脈においては「invocation」のほうが適切な場合があります。

それでは今回はこれでおしまいです。

読んでくださってありがとうございました。また次の記事でお会いしましょう😉✨️✨️


おまけ( Uber Eats 配達員は見た)

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