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早期退職して評価のステージを降りた私と、鏡の部屋へ歩き出した息子へ

こんにちは、芽芽斗守(めめと・まもる)です。

一昨日書いたFIRE COMPASSの記事をたくさんの方に見ていただき、設定したタグの人気記事ランキングにも掲載してもらいました。

読んでくださった方、スキを押してくださった方、FIRE COMPASSを使っていただいた方。本当にありがとうございます。

最近テック関連の記事が多かったので、今日は私の日常で感じた素直な気持ちを残せればと思います。

息子が「評価される世界」に入った日

4月16日木曜日。今日、息子の通う小学校で初めての懇談会がありました。

4月に入学したばかりで、少し大きめのランドセルを背負う姿にもようやく見慣れてきた頃です。

先生から学校での様子を聞きながら、私はなぜか親としての喜びより先に、こんな感覚に包まれていました。

ああ、この子もいよいよ、他者から評価される世界に入ったんだな。

その事実が、妙に胸に入ってきたのです。

「普通」でいるために食らいついたサラリーマン人生

なぜそんなことを強く感じたのか。

たぶんそれは、私自身がついこの3月末に、15年以上続いた
「評価される側」の世界から降りたばかりだったからだと思います。

入社してからずっと多面評価が当たり前の環境でした。

あらゆる角度から上司や同僚に見られ、結果が昇格や降格に直結する。
そんな世界では、同僚といってもどこかに一線を引かざるを得ません。

完全に心を許した「友達」と呼べる関係は、15年以上のサラリーマン人生の中で思っていた以上に作れなかったのかもしれません。

知名度がある人気企業だったこともありますが、私が入社した2010年はリーマン・ショック直後で、後から人事に聞いた話では当時の選考倍率は100倍近くあったそうです。

同期を含め、周りを見れば優秀な人ばかり。
今でもなぜ内定を勝ち取れたか不思議です。

そんな中でよーいドンで始まった私のサラリーマン人生。
「普通」の評価をもらうだけでも必死でした。

遅れないように。見劣りしないように。期待を下回らないように。
常に「良い自分」を出し続けなければいけない。

その緊張感は、自分が思っていた以上に、心の表面に薄い膜を作っていたと思います。

3月末で退職して晴れてその緊張感から解放されたわけですが……(笑)

そんな私と入れ替わるように、6歳の息子はこれから何十年と続く
評価される世界」へ入っていきました。

鏡は、左右が反対

懇談会の帰り道、昔自分で書いた小説の一節が、ふと頭に浮かびました。

評価されることを意識するあまり本音を押し殺し、いい子を演じるようになった10歳の男の子に、おばあちゃんがそっと語りかけるシーンです。

周りの人たちの目や声は、たしかにあなたを映す鏡にはなりうるけれど、それだけが自分なんだと決して思っちゃいけないよ。鏡は左右が反対で、ほんとうの姿とは少しちがって見えるでしょ。それと同じで、周りの見方もそのままうのみにしちゃいけない。心の中に、あなただけのかたちを大事に持ち続けなさい。

執筆した小説より(新人賞に応募したものの落選、現在推敲中)

学校の先生からの評価も、かつて私が受けていた査定も、自分を客観視するための目安として機能することはたしかです。

ただ、そこにはいつも「集団の秩序を守れるか」「組織の都合に合うか」「年次や学歴や職歴」というフィルターがかかっています。

だから、そこに映し出される自分の姿は、どこかで実像とずれていく。

ずれた姿を「本当の自分」だと思い込み、そこへ無理に合わせていくと、いつか心が軋みます。

組織に属したことがある方には、共感してもらえるのではないでしょうか。

実際、私はそれを15年以上かけてゆっくり経験しました。

評価される前の「彼だけのかたち」

息子は今、家でマインクラフトに夢中です。

誰の評価も気にせず、自分の論理でブロックを積み上げる。
そこには、他人の目に触れる前の「彼だけのかたち」が確かにあります。

これから彼は、学校という集団の中で数え切れないほどの評価にさらされていくでしょう。理不尽に感じるものもあるはずです。

「僕はこういう人間なんだ」と思い込んでしまう日もあるかもしれません。

そのとき親である私にできることは、評価から遠ざけた無菌室に閉じ込めることではありません。

ただ、「その評価は左右が逆かもしれないよ」と伝えること。
映った姿を、そのまま本物だと思わなくていいと教えること。

そして彼の心の中にある「自分だけのかたち」を、私だけは見逃さずにいたいと思うのです。

「父の背中」で伝えたいもの

それと同時に、言葉ではなく生き方で見せていきたいことがあります。

大人の生き方は、ひとつではないということです。

会社員として積み上げる生き方もある。
自分で仕事をつくる生き方もある。

どちらが上でも下でもない。ただ、ひとつの型だけが正解だと思い込むと、自分のかたちを見失いやすくなる。

レールを降りた今の私が、息子の目にどう映っているかは正直わかりません。ただ少なくとも、週5で会社に行くのが「大人の当たり前」ではないことは、毎日の姿で伝わっているはずです(笑)。

評価システムから抜け出したばかりの父は、これから無数の評価にさらされていく小さな背中を、そんな気持ちで見守っていこうと思います。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。
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