40歳で会社を辞めた私が、幼馴染とシメのラーメンを「先に」食べた夜
こんにちは、芽芽斗 守(めめと・まもる)です。
昨日は小学校からの幼馴染と飲んできました。
以前の記事にも取り上げた、ハリー・ポッターのダニエル・ラドクリフに似ている彼です。

私たちの定番コースは決まっていて、一軒目でしっかり飲んでから締めに二軒目でラーメンを食べる。
われながら見事に太る飲み方ですよね(笑)。
でも「わかるわ」と思ってくれる人も多いのではないでしょうか。
それに同世代と飲みに行ける機会なんて、今は少なくなってしまいましたから。
一つ前の駅から歩くからいいだろ、と自分に言い聞かせていました。
今回は、そもそもの目的が「ラーメンを食べに行こう」でした。
SNSで流れてきたショート動画を見て、行きたくなったらしいのです。
ラーメン屋では黙ってすするだけで、こみいった話まではできません。
なのでそのあとは居酒屋に移って近況報告です。
順番が逆さまの、おかしな夜になりました。
一軒目で腹が膨れているぶん、二軒目の居酒屋代は安上がりで済む。
いい裏技を見つけてしまったな、と彼は笑っていました。
私としては、酔ったからこそラーメンが食べたくなるわけで、素面ですするのとは少し文脈が変わる気もしましたが (笑)。
締めが、入口になった
その夜のことを思い返しながら、ふと思いました。
昔は飲んだあとにラーメンを食べていた。
でも昨日はラーメンを食べてから飲みに行っている。
締めだったものが、入口になっている。
順番が変わっただけ。
それなのに、けっこう大きな変化がある気がしました。
年を重ねるとは、こうした逆転を少しずつ積み重ねることなのかもしれません。
二十歳の頃は遊びたいから遊園地に出かけていました。
今は子どもがいるから遊園地に行きます。
遊ぶことが目的だったはずなのに、いつのまにか親子の時間のための手段に変わっている。
仕事も同じです。
お金を稼がないといけないから働く。
ずっとその順番で生きてきました。
でも本当は逆であってほしい。
好きな仕事をして、その結果お金がついてくればいい。
健康のために歩きはじめたウォーキングは、いまやそれ自体が楽しみです。
心身を整えるために通いはじめたサウナも、気づけば水風呂のために通うようになりました。
仕事や暮らしを振り返ったとき、手段と目的がいつのまにか入れ替わっていた。そんな経験はあなたにもないでしょうか。
論語に、こんな一節があります。
之を知る者は之を好む者に如かず。
之を好む者は之を楽しむ者に如かず。
知っているより好きなほうがいい。
好きより楽しんでいるほうがいい。
そんな意味だそうです。
知識という手段からはじまり、好きという感情になり、やがて楽しむという目的そのものになっていく。
手段がいつのまにか目的に変わる。
それを二千五百年前の人はちゃんと見ていた。
そう思うと、ラーメンの順番くらいでぐちぐち言っていた自分が少し可笑しくなりました。
四十歳は二度目の二十歳だ、という言い回しを聞いたことがあります。
もしこのタイミングで物事の順番がくるりとひっくり返るのなら、なかなか面白い話です。
向かい風の幼馴染
この幼馴染のことは、以前にも書きました。
そのとき彼を「向かい風」のような存在だと表しています。
私が大学院に行こうとしたときも、会社を辞めようとしたときも、彼はそのまま賛成してはくれませんでした。
たぶん今回も、何か大きなことを言えば現実的な言葉が返ってくる。
そう身構えていました。
ただ不思議なもので、今ではけなされるのを少し楽しみにしている自分がいます(笑)。
ラインを止める男
そして予想通りでした。
一軒目のラーメンで腹が膨れ、二軒目の居酒屋で手の伸びないお通しを前に、彼は顔を赤らめてこんなことを言いました。
「再就職しても、ぜったい工場とかは向いてないから働くなよ。芽芽斗がやったらラインが止まるから」
ひどいですよね(笑)。
「営業もだめだ。お前が営業したら、得意先がなくなる」
さすがに言いすぎじゃないか。
そう思っていたら、彼はこう続けました。
「やっぱりパソコンの先生とかいいんじゃないかな。俺にはよくわからないけど、お前はパソコンの才能がすごいあると思うんだよ。何がすごいかは、すごすぎてわからないけどな」
腹の立つ前置きをされたので、素直に「ありがとう」とは言えませんでした。
でもこうして書いてみると思います。
「じゃあ違うの?」と聞かれたら、たしかにそのとおりだと。
不器用なので軽作業をやらせたら本当にラインを止めてしまう。
最近まで自覚はなかったけれど、どうやら口下手で営業もよろしくない。
彼の言うパソコンの才能が何を指しているのか、私には正直よくわかりません。
でも、自分がやってきたことを言葉にのせて伝えるならできるかもしれない。
誰かの困りごとを見つけて、自分なりに形にする。
形にしたものを少しずつ良くする。
過去の経験や考えたことを、誰かの役に立つ文章として届ける。
それくらいが、私にできることです。
そう思えたのも、彼の容赦ない言葉があったからかもしれません。
向かい風は正面から吹いてきます。
でも凧が高く上がるのは、向かい風のときです。
彼の言葉もそういうものなのだと思います。
なくなったら困る一本
帰り道、彼はアイスが食べたいとコンビニに入っていきました。
彼の締めは、ラーメンのあとにアイスまであったなと思い出します。
それでも、どちらかというと引き締まった体型なので羨ましい限りです。
これ以上はまずいと思い、私は買うつもりはありませんでした。
それでも彼に付き合って冷凍ケースをのぞいていると、ふと思いました。
アイスは新商品が次々に出てきます。
少し前には、アイスをめぐる価格カルテル疑惑のニュースも目にしました。
値段や競争の話は大きすぎて、ほろ酔いでコンビニの冷凍ケースをのぞきながら考えるには少し重たい。
でも、ひとつだけわかることがあります。
どれだけ新しい味が出ても、なくなったら困る一本というものがある。
私にとってこの幼馴染は、そういう存在です。
毎回やさしいことを言ってくれるわけではありません。
むしろデリカシーがなく、オブラートにも包みません(笑)。
でも腹が立つのは、たぶん完全には否定できないからです。
工場も営業も向いていない。そう言われるとムッとします。
でも冷静に考えると、たしかにそうかもしれないと思う自分もいる。
だから会うたびに腹は立つのに、帰るころには「見てろよ」と少しだけ前を向けています。
我ながら、へんてこな関係です。
でも次に会うときは、もう少しアップデートした自分でいたい。
そんな気持ちを毎回くれる幼馴染でした。
あなたにも、ちょっと失礼なのになぜか大事な友達はいますか。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
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