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それでも「会社は辞めるな」と言った幼馴染は、私が飛び立つための「向かい風」だった。

こんにちは、芽芽斗守(めめと・まもる)です。
今回は少し毛色を変えて、友人の話をさせてください。

あなたには、幼馴染はいますか?

4月という出会いの季節に、私の人生に大きな影響を与え続けているある幼馴染について書こうと思います。

見栄も格好も通じない、唯一の存在

彼との出会いは小学校の頃でした。
家は近所でしたが、帰り道に会えば話す程度の関係です。

本当に仲良くなったのは中学から。
正方形に並べた机の真ん中に先生が座り、中高生が一緒に別々のことを教わるという少し変わった個人塾で一緒になったのがきっかけです。

行き帰りの道で、趣味や学校、恋愛の話もよくしました。
高校は別々でしたが、中2から高3まで4年間、週2で彼と塾に通いました。

余談ですが、彼は映画『ハリー・ポッター』のダニエル・ラドクリフになぜかそっくりで、一緒に映画館へ行った際に周囲からざわめきが起きたのはいい思い出です(笑)。

まあ、ここまでじゃないですが(笑)

その後私が地元を離れてからは、帰省のタイミングでたまに会う
「よくある幼馴染」の関係に落ち着きました。

ただ、彼の前ではどうも勝手が違います。 どれだけ格好をつけても
芽芽斗のくせに何言ってんだよ(笑)」と一蹴される始末です。

大人になるにつれそういう扱いをしてくれる人間は周りから消えていくので、それが妙に心地よかった。

「お前の限界はそこだ」という無自覚な蓋

そんな彼と、一度だけ関係が薄くなった時期があります。

「働きながらMBAを取るために大学院に行こうと思う」と、
一番熱量が高かったタイミングで打ち明けたときのことです。

働きながら大学院なんて無理だよ。お前にしてはラッキーなだけで入れた会社なんだから、それだけで満足しとけよ

きっと彼に悪気はありません。
思ったことを口に出すだけで、次会ったときには言ったことすら忘れているタイプです。

しかし若かった私は顔を真っ赤にして応戦し、
それから連絡を絶ってしまいました。

結果として、私は意地で大学院に通いました。
平日は19時まできっちり仕事をし、走って電車に乗り20時からの講義へ。 22時頃に終わり、24時間空いている院生室で終電まで課題をこなす。

休息であるはずの週末すら朝から夕方まで講義漬けで
夜はそのまま飲み会へ直行するという、今思えば異常な熱量でした。
そんな生活を2年間続けました。

何度も挫けそうになるたびに、彼の顔が思い浮かびました。

「なんか思い出すと腹が立つなあ。絶対に卒業して見返してやる」

彼が放った無自覚なあの言葉が、
私を前へ進める強烈な推進力になっていたのです。

あの怒りの正体は「自分の可能性に蓋をされたような気がしたから」だったと今は思います。

「ラッキーなんだから今の場所で満足しておけ」という言葉は
当時の私の熱量と真っ向から対立していた。

だからこそ、導火線に火がついたのかもしれません。

世間の正解を突きつけられ、心が溶けた日

結婚式には来てもらっていたので年賀状のやり取りだけは続いていました。地元に戻ってしばらくして彼から、ある日連絡がありました。

その時はすでに病気を患っていたこともあり会えるような状態ではなかったので、ごまかさず正直に「こういう理由でキャリアブレイクを取っている」とだけ返しました。

すると、私と連絡が途切れていた間に彼も同じ病気を患っていたことがわかり「大丈夫か?飯行こうな」と気遣ってくれたのです。

その後も月に1回は必ず連絡をくれました。
それから半年ほどがたち体調が少し回復し、久しぶりに再会しました。

「いろいろ整理した結果、会社を早期退職して起業するかもしれない」と伝えたとき、彼はひどく寂しそうな顔をしてこう言いました。

「そっか。もっと早く会えばよかった。会社辞めるのだけはやめろって言おうとしてたんだよ。せっかくの大企業なんだから、耐えて、耐えて、耐え抜くのがいいと思うんだよ」

……あぁ、絶対にそう言うと思った(笑)。

不思議なことに、今回はまったく怒りが湧きませんでした。

むしろ、病気のせいで凍りついていた心が溶け出し、
ふつふつと何かが湧き上がってくるのを感じたのです。

なぜ今回は腹が立たなかったのか。

大学院のときは「いまいる環境の中でもっと上に行きたい」と必死だったから、真っ向から否定されて悔しかった。

でも今回は「大企業で耐え抜くのが正解」という言葉を聞いたとき、自分の中に「もうそこには戻らない」という明確な意思があることに気づかされたからです。

自動車を大衆化したアメリカの起業家
ヘンリー・フォードはこんな言葉を残しています。

飛行機は追い風ではなく、向かい風によって飛び立つ

彼の悪気のない、心底心配してくれている言葉が、皮肉にも私の覚悟の現在地をこれ以上ないほどはっきりと教えてくれました。

逆風が強ければ強いほど、自分がどこに向かっているかがわかる。
現在地が定まれば、あとはどう飛ぶかを決めるだけです。

そこから、私は動き出した

あの再会から私は、会社を辞めてからの飛び方を具体的に考え始めました。
そしてこの3月末、長年勤めた会社を退職し、本当にレールを降りました。

この出来事は、私のnoteの内容が内省や小説の話から少しずつ変わっていく起点にもなりました。

耳障りのいい言葉で優しく背中を押されるより、真正面から強めに叩かれ逆風を吹かされることで、出力すべき熱量が定まる。

人生の大きな決断をするとき、そっと背中を押すのではなく正面からぶつかってくれる縁がある。ありがたいですよね。

これからも、彼との縁を大切にしていきたいと思っています。

そして、この4月の新しい出会いが、あなたの進むべき道を教えてくれる「縁」になりますように。