M&C通信Vol.136 美しさの隣にあるもの~「ふたひらの心」がそっと揺れるとき
こんにちは。メルト&クリエイト🔵です。
心が不思議と溶けていくような時間を
ごゆっくりどうぞ。
?:キレイに見えた瞬間、“醜さ”に気づくことがありませんか?
先日、電車の窓越しに
夕陽が映る街並みを見て、
「すごくキレイだな」って。
色と影が重なって、光が揺れて。
眩しさと余白が同時に胸に
差し込んでくるような光景。
でも、その美しさに見とれている
自分の視界の端に、
ぼんやり “汚れ” や “乱れ” が
浮かび上がることにも気づきました。
ガラスに付いた小さな埃、
壁のひび割れ、
無表情な顔、
見過ごしたままのゴミ
その裏にあるものが、
どうしてか、美しい光に引っ張られて、
見え隠れするんですよね。
キレイさだけを見ていたいのに、
そのすぐ隣にある“醜さ”まで、
目が行ってしまう。
この感覚、ありませんか?
≒:満開の桜には、見えない影があるように思います

この季節になると、
ふと春の記憶がよみがえることがあります。
満開の桜。
風に揺れる淡い桃色の景色。
枝の隙間からこぼれる光。
あのとき、確かに
「世界って、こんなにも
綺麗なんだ」って思ったんです。
でも、そのすぐあと、
足元に重なった花びらに気づいて、
胸の奥がきゅっと、少しだけ痛くなりました。
あのとき感じたのは、
「今が一番美しい」という確信と、
そのすぐ裏にある、
「もうすぐ終わってしまう」という気配。
桜は、ただ美しいだけじゃないんですよね。
美しさの中に、“終わり”の匂いが
混ざっているからこそ。
わたしたちの心に、
あんなにも深く残るんだと思います。
∽:感覚はひとつ。でも、行き先はふたつ
「美しい」と感じたとき、
その感覚は、とてもまっすぐで、
揺るぎないものですよね。
ちょっとだけムズカシイことをいいますね。
「感覚は、ひとつだけど
方向は、ふたつある」
と思うんです。
例えば、”美しさ”に心が揺れたすぐ隣で、
その対極にある“醜さ”のにも、
なぜか触れてしまう。
”美しさ”を感じ始まれば感じ始めるほど、
”醜さ”も感じ始める。
感覚自体はたったひとつなのに、
その先にある感情(反応)の方向は、
まるで分かれ道のように、ふたつに分かれていく。
光を感じた瞬間に、
影がくっきりと浮かび上がる。
安心したあとに、不安がひょいと顔を出す。
美しさと醜さ…
光と影…
安心と不安…
どちらか片方だけを感じているつもりでも、
そのすぐ隣には、
いつも反対の気配がそっと寄り添ってくる。
そんなふうに、相反するものが、
わたしたちの心の中には
いつも同時に存在していると思うんです。
NW:ふたひらの心 ― ひとつの感覚で、ふたつの極を抱きしめる

感覚って、不思議ですね。
本当は“ひとつ”しかないのに、
そこから分かれていく心の向きは、正反対。
それは、まるで鏡で左右に分かれるように。
「美しい」と感じたとたん、
「その裏にある醜さ」までも見えてしまう。
「優しさ」に触れたとき、
「自分はちゃんと優しく
できているだろうか」と、胸がひりつく。
これは、心が“両極”を
同時に抱きしめてしまう構造を
しているからだと思うんです。
これを、わたしは
「二片(ふたひら)の心」
と呼んでいます。
一枚の花びらではなく、
ふたつの花びらが、
重なり合って咲いているような心。
光と影、美しさと醜さ、安心と不安、
その両方を同時に感じてしまうんです。
それだけ深く、
世界を感じとる力があるということ。
そしてその繊細さが、
心を揺らし、苦しみのようなかたちで
現れるんじゃないかと思うんですね。
☹️:こんな心、持ってなければ楽だったのに…と思う日もある
「感じすぎる自分が、めんどうくさいな」
「こんなに気づかなければ、
もっと楽に生きられたのに」
そんなふうに思ってしまう夜、ありませんか?
まわりはみんな、平気そうに見えるのに。
なぜか自分だけが、ぐっと傷ついてしまう。
気づかなければ、見えなければ、
傷つかずに済んだかもしれない。
でも、それは苦しみと同時に、
成長への入り口でもあると思うんです。
でも、最近、こんな記事をつくりました。
もし、“美しさのすぐ
そばにある”醜さ”に気づいてしまったり、
“優しさの裏にある、
ほんの小さな怖さ”に触れてしまうなら。
苦しみを抱えながらも、
人の優しさに泣けたり、
ふとした光に、救われたりする
瞬間があるのなら。
そんな瞬間があるなら、
この感受性はきっと、あなたの世界を
”豊か”にしてくれていると思うんです。
→:今日、ほんの少しだけ「感じている自分」に気づいてみる
今日、どんな瞬間に
あなたの心は、ふわっと揺れましたか?
ほんの小さなことでも、かまいません。
うれしかったこと。
ちょっと胸がざわついたこと。
心のどこかが「ん?」と
反応した、そんな瞬間。
その小さな心の揺れには、
きっと、ただひとつの感情だけでなく、
もうひとつの気配も、
そっと寄り添っていたはずです。
たとえば、美しさのすぐそばにあった、
ほんのり寂しげな違和感。
優しさに触れたあと、
ふと心に浮かんだ
「自分はどうだろう?」って
その“もうひとつ”に気づけることこそ、
矛盾に揺れる感受性という名の才能
なんです。
◎:この世界は、矛盾しているからこそ、美しい

光と影。
喜びと痛み。
美しさと醜さ。
世界はいつも、
相反するものたちでできています。
もし、美しさしか知らず、
醜さに気づけなければ、
美的感覚というのは、
その片方だけでは、ほんの表面だけのものに
なってしまうのかもしれません。
両極を満たすことで、美的感覚が深くなる。
そして、心は揺れ動きながら、
まるで振り子のように、
その両端を行き来している気がします。
「うれしい」のすぐそばに不安があり、
「美しい」と感じた瞬間、
その裏にある“醜さ”が見えてくる。
感情って、いつだって
“ひとつだけ”では終わらないんですよね。
光だけを見つめ続けることもできるし、
影に身を沈めることもできる。
でも、本当に豊かな心とは、
その両方を自由に行き来できる、
振り子のような感受性だと思うんです。
「二片(ふたひら)の心」
2つの相反するものを知ったとき
でもそのぶんだけ、
世界の輪郭や、誰かのささやかな優しさに、
ちゃんと気づけるようになるハズ。
だから、もし今日、
あなたの心がふわっと揺れたなら。
その感覚を、どうかそっと、
大切にしてあげてくださいね。
それはきっと、あなたの心が
世界と深くつながっている証なのですから。
最後まで、読んでいただきありがとうございます。

PS:心が不思議と溶けていくような時間をお届けします。
M&C通信では、
ふっと心がほどけるような
“ひとつの気づき” を、そっとお届けします。
もし、ほんの少しでも
心に寄り添えていたのなら
それだけで、わたしはとても幸せです。
これからも、“ちょうどいいタイミング”に、
やさしい言葉と、静かな時間を
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