#映画感想文362『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』(2024)
映画『ザ・ルーム・ネクスト・ドア(原題:La habitacion de al lado)』(2024)を映画館で観てきた。
監督・脚本はペドロ・アルモドバル、出演はティルダ・スウィントン、ジュリアン・ムーア。
2024年製作、107分、スペイン映画。
マーサ(ティルダ・スウィントン)は、子宮頸がんのステージ3で、癌治療に疲れ果てている。旧来の友人である作家のイングリッド(ジュリアン・ムーア)が見舞いに訪れたことから、思い出話に花を咲かせ、旧交を温めるようになっていく。
マーサは、実験的な癌治療が失敗に終わってから、急激に生きるモチベーションを失っていく。肉体的な苦痛が耐えがたいと訴え始め、しまいには安楽死計画を立て、イングリッドに看取ってほしいと懇願する。
イングリッドにしてみれば、殺人や自殺幇助を疑われるおそれもあり、常軌を逸した彼女の頼みに困惑しながらも、断ることができない。
郊外の瀟洒なコテージで、マーサとイングリッドは死を迎えるための日々を送る。彼女たちは、真っ赤な口紅をぬり、鮮やかな色の衣服を身につけており、惨めさは微塵もない。
ある晴れた日に、マーサは死を選び、案の定、イングリッドは警察の取り調べを受けることになる。そして、マーサにそっくりな娘がコテージを訪れ、イングリッドと言葉をかわす。
ペドロ・アルモドバルの作品は強烈な生き方をする誰かがいて、それに家族や周囲が巻き込まれていくといったパターンの話が多いような気がする。激しく他者を求め、迷惑をかけることも厭わない登場人物に賛否はあるのだろうけれど、そうでもしなければ他者とつながることなどできない。マーサの自分の死を見守ってほしいという欲求はわからないでもない。
ただ、あまりにも美しく描きすぎているきらいはある。自死のための薬を探すために引き出しをガサゴソ探り、ひっくり返す場面があるのだが、小物の彩りがカラフルでリアリティには乏しい。生活感のなさは、生活に対する拒否感にも見えなくはない。
豊かな高齢女性の死は、ある種のファンタジーにも見える。死にゆくマーサが自らの死を演出するのも、余裕があるなと思ってしまった。
もちろん、マーサが集中して考えられず、読み書きもできなくなっていくことに対する恐怖や怒りは理解できる。自分の命を意志的に終わらせることを選択するのも構わない。ただ、これからの時代は安楽死を周囲から仕向けられることも増えてきそうなので、やはり死の取り扱いは非常に難しい。それに、死が貧乏ったらしくて、惨めなものでも全然かまわないと思う。まあ、自分のタイミングで死を迎えられるというのは、最高の贅沢だと言えなくもない。
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