その怒り、本当に相手が原因なのかな?私が見つけた悲しみとの意外な関係
誰かの一言に、とても強い怒りが湧くことはありませんか?
ちょうど1年前の5月31日、
私は社会人高校生になった流れと当時の劣等感について記事を書きました。
今、それを読み返しながら、「怒り」と「劣等感」の正体について考えています。
先輩に心無い言葉を言われ
その言葉に劣等感を刺激されたわたしは怒り
その怒りを燃料に進学した
そんな感じだと思います。
ところで
怒りってどんなところから生まれてくるのだろう?
劣等感ってなんだろう?
今年はそんなことを考えています。
怒りの方は意外と簡単に答えが出ました。
怒り=触られたくない悲しみに触られた時に発生する抵抗感覚
(ふじためぐる解釈)
怒りと悲しみって実はとても似た言葉なんじゃないかな
とおもいます。
自分の中から怒りが生まれてくるとき
大きな抵抗を感じそして
自分は大切にされていない!!
という悲しみが裏にあるような気がしているのです。
こうなりたくてなったわけじゃない。
わたしだって、それを気にしている。
傷になっている。
傷を覆いながら生きている。
それを安易に触られた気がして、悲鳴を上げるのだと思います。
その正体が、きっと怒り。

では、劣等感はなんだろう?
おそらく、これは自分のセルフトークが関係していると思っています。
セルフトークとは?
自分と自分との会話。
無意識に自分の中で自分にかけている言葉。
なぜわたしの中にあの時あんなに強い劣等感が生まれたのか?
それは誰あろうわたしが心の中で自分自身に
「これだから中卒女は⋯」
と無意識に声をかけていたからだと思っています。
実際に他者に声に出して言われたのは
先にも後にもこの一回だけです。
あとの何千回何万回はわたしがわたしに言っていたのです。
だからたった一回の他者の発言で私は大きく揺れた。
こうして振り返ってみると
物事の成り立ちはほぼセルフトークがもとの感情で出来上がっているのではないか⋯そんな思いを抱く私でした。
今日も最後まで読んで下さってありがとうございます。
あなたの一日が心地よい一日となりますように。
その鍵は、きっと自分と自分の関係性が握っています。
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