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24歳のころのわたし(ちょっと不思議な出来事)

現在48歳の私が24歳の時のわたしについて書いてみようと思う。
ちょうど今の半分の年齢に当たる。

24歳、私は何をしていただろうか?
会社で営業のお仕事をしていた。
・・・・・・。

チーン

話すことがここで終わってしまった。
これでは記事としてはあんまりなので、少し思いだしながら書いていこうと思う。

私はあの当時コミッション制の営業のお仕事をしていた。
学がない私はとてもとても苦労した。
先輩たちはみんな大卒。
みんな華やかに見えた。

対して私中卒。
「学歴不問」の文字を追って就職を探し入社した。
大卒でいろんな資格をもったみんなと、何も持たない自分との間にコンプレックスを感じていた。
皆より年齢が軍を抜いて若いから、
取引先から信頼を得られず苦しんだ時期も短くはなかった。

「この取引はふじたさんに担当をお願いしたいです」そう言われるまでに何年もかかった。


やっとお仕事に慣れ、安定的に契約もとれるようになってきたころ、私は大きなミスをした。
大きな取引先の信頼を失い、数千万円の赤字をだした。
この当時を振り返ると、油断と疲れがあったなぁと反省している。

大卒の人たちと同じようにならないと、認められないと焦って
自分の体力気力を超える努力の仕方をしていた。
休みの日も仕事のことで頭がいっぱい。
眩暈がしようが吐き気がしようが仕事の勉強が優先だった。
今振り返ると相当の疲れがたまっていたと思う。
これがミスの一つの原因となっているような気がする。

そして、二つ目は油断。
当時なんとなくお仕事に対して「ちょっとコツがつかめてきたな」
という思いが芽生えていた。
だからどこか細やかさを欠いて合理性を優先していたのだと思う。
このケースはこんな感じの対応。
どこか型にはめて考えていた。
これ自体は悪いことだとは思っていないけれど、相手は人である。
型にはめたやり方を柔軟にしなくてはならなかったなぁと反省している。


ミスにできるだけ真摯に対応したけれど、信頼は戻らなかった。
誤解を与えるような言動行動がこういう結果を招いたと思うと本当に悔しかった。


そんな思いで机に突っ伏していると先輩が言った。

「これだから中卒女は使えねぇ」

コンプレックスに思っていたところをつつかれて、
怒りに火が付いた。
学歴と仕事の出来に何の関連があるのか?
職歴ではあなたに劣るようなところはない。
学歴の差の分、努力した私を馬鹿にするのか!!!!

そんな思いになった。
モヤモヤした怒りを抱え、叫びだしそうな気持を我慢しながら帰り道、
インターネットカフェに寄った。

「学歴がある、それのどこがそんなに偉いんだ!!!」
「親のすねをかじって大学を出たような奴に馬鹿にされたくない!!」

そんな気持ちだった。
受付を済ませ、自分のブースに入ると自然と検索窓にカーソルを合わせ
「通信制高校」と打っていた。

画面には、自宅から通える距離の通信制高校が表示されていた。
食い入るように画面を見た。
「募集の締め切り期日 明日」

これは流れだ!

私は翌日は有休をとり出願に必要な書類をそろえた。
中学校の卒業証明書が必要といわれ、9年ぶりにお世話になった中学校に電話した。

何人か私を覚えていてくれた先生もいて、快く卒業証明書を郵送することを約束してくれた。

問題は、出願締め切り期日が「今日」であることだった。
出願の書類はその場で書くことが出来る。
でも卒業証明書は郵送なので数日の日付が必要だ。

どうしよう・・・・。

通信制高校の受付にいる先生らしき人に事と次第を話した。
中学の卒業証明がどうしても今日中に届かない。

それが原因で落とされてもかまわない。
受験だけでもさせてもらないか?

そんなことを訴えた覚えがある。
出願の条件に卒業証明があるので、無理かもしれないという気持ちもかなりあった。

窓口の先生は、私にかるく視線を送り
「合格してから提出してもらっても、支障ないと思いますよ。私〇〇と申します。だめって言われたら私がこういったといってください」

そういった。

ドキドキしながら願書だけを提出して家に帰った。
合格してからでも構わないって…。
確かに合格しないと必要ないものなのかもしれないけれど…。
いろんな思いが巡った。

もしかしたらあの先生らしき人、テキトーなことを言ったのかもしれない。
〇〇という名前の人が行っていましたのことろ、言えるようにしっかりメモをしておかなくちゃ・・・・。

複雑な思いを抱えたまま就寝し、また翌日から仕事に戻った。


私は通信制高校についての経験をいくつか書いているけれど、そこに至るまでにはこんな流れがあった。

学歴なんか関係ない。
仕事で成果を上げればそれで認められる。
そういう人になってやる!
という思いと同時に
「高校にも行っていない自分は…」という想い、つまりはコンプレックスを抱えていた。

そのコンプレックスがこんな形で解消されるチャンスがやってきた。
今思い返してみても不思議な流れだった。

人の人生というのは本当にわからない。
色々な事情があって、高校進学をあきらめ中卒で会社員になった私が
こんな縁に恵まれると思ってはいなかった。

どんなに辛くても、必ずチャンスは巡ってくる。
それを信じる心がそのチャンスを待つエネルギーを生む。


私の24歳の頃のおはなしでした。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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ふじた めぐる|自分の中の自分を味方にしよう ここまで読んで頂きありがとうございます。 支援は大きな励みになります。