ドンドコドン、ドンと世界がひらく日
はじめてのキリンと、広がっていく世界
静かなドンドン、というリズムが、どこからか聞こえてきた。
音に引き寄せられるように、そのもとへ近づいていくと…
一頭のチンパンジーが、両手でドアを叩いている。
ドンドンと始まった音は、だんだんリズムと音程が変わり、ドンドコドンに変わっていく。
ドン、ドコ、ドン、、、ドン。
ドンドコドン、ドンドコドン、ドンドン。
低く響く音、乾いた高い音。
叩く場所や手の当て方で、音色までもが変わっていく。
まるで、ドラムのセッションを聴いているよう。
そのリズムに合わせて
別のチンパンジーが私たちの前に現れ、左右に体を揺らしながら、リズミカルに踊りはじめる。
音が体を動かし、
身体がまたリズムを引き寄せていく。
わずかな間が、次の一打を待たせ、気づけば、そのリズムに合わせて、全身でリズムを取っている自分がいる。
孫娘を肩に乗せた息子もまた、そっと同じ拍を取りはじめる。
すると孫娘もまた、
肩の上で体を揺らし、小さな手で拍子を打ちながら、
無邪気にその流れに入っていく。
誰かが教えたわけでもないのに、
同じリズムの中に、自然と入っていく。
気づけば、その場にいた人たちも、
同じ時間を共有し
子どもたちは楽しくて嬉しくて、歓声を上げながら見ている。
音がふっと途切れたあと、
ほんの一瞬の静けさが訪れる。
セッションが終わるまで、
そこにいた誰もが、その音の中に溶けていた。
そして、その静けささえも、
さっきまでの余韻で満たされていた。
まるで、どこか異国の音楽をともに体感しているかのようだった。
人と動物の、垣根を超えてつながる
不思議で、楽しいリズム。
そしてそのセッションを全身で浴び、周りの人たちと共有するひとときだった。
都会の中にあるとは思えないほど、緑の多い動物園で…
青空と木々の緑、5月のやわらかな風が、頬をなでていく。
深呼吸して、新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込む。
緑を眺める。
青空と白い雲を見上げる。
孫たちのはしゃぐ笑顔を見守り
柔らかな手を繋いでゆっくり歩き、そして抱っこする。

その日、私たちは動物園に入る前に、手前の公園でピクニックをした。
前日に焼いたパンとパイ、そして朝に用意したサンドイッチ。


青空の下で広げるだけで、いつもの食事が少し特別になる。
みんなの笑顔が弾けて、それだけで幸せ。
孫たちは夢中で頬張り、その様子を見ているだけで、胸の奥があたたかくなる。
「キリンさん見るー!」
そう言っていた上の孫娘。
2人の孫たちは園内に入ると、目に映るすべてに心を奪われていく。
立ち止まって真剣に見つめたり、
少し驚いて身をすくめたり、
次の瞬間には、また真剣な顔に戻る。
そのひとつひとつが、
新しい世界と出会っている瞬間だ。
初めての世界に、大きく目を開いて
向かい合っている。
やがて、楽しみにしていたキリンを見つけたとき、
その表情がぱっと明るくなる。
そのまなざしを見ていると、
こちらまで胸がいっぱいになる。
けれど、その日のいちばんの出会いは、あのリズムの中にあったのだろう。
帰り道、孫娘の腕の中にはチンパンジーのぬいぐるみ。
大切に抱きしめている。
あれほど楽しみにしていたキリンよりも、
心に残ったのは、あのリズムと音とダンスだったようだ。
夫は、ドアを叩いていたチンパンジーに、
「ジョン・ボーナム」と名前をつけた。
ジョン・ボーナムは、レッド・ツェッペリンのドラマーの名前だ。
あの力強く躍動感のあるリズムを思えば、その名付けに、納得してしまう。
家に帰ってからも、孫娘は、
新しくお友達になった「ジョン」に向かって、
一生懸命おしゃべりしているそうだ。
動物たちの姿を見ることで
子どもたちの世界は、またひとつ
大きく広がっていく。
そして、そのそばで同じ時間を過ごせること。
それは、当たり前のようでいて、決して当たり前ではない。
あの初節句から一年。
小さかったあの子たちが、
こうして目を輝かせ、新しい世界に触れている。
その一瞬に立ち会えた、ありがたいかけがえのない時間。
またひとつ、やさしい記憶が重なった一日だった。
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