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責められてる気がしてた

こんにちは、めげないやつ子です。


以前の私は
親子連れを見ると少ししんどかった。

楽しそうに話している姿を見るたびに
心がざわざわしてた。


それはたぶん嫉妬もあったし、“私もこんな風にしたかったな…”っていう思いもあった。

息子にエゴを押し付けてしまった後悔や、ちゃんと子育て出来てなかったんじゃないかっていう罪悪感や、いろんなものが混ざっていたと思う。



目の前の親子は何も言ってないのに、どこか責められてるような気持ちになってた。

「こういうのが理想でしょ?」
「ちゃんと出来てない…」
「ダメなお母さんだから…」

そんな風に、自分で自分を追い込んでた。



でも自分と向き合うようになって
それが少しずつ変わってきた。

一番大きかったのは
罪悪感がなくなってきたことだと思う。



『子育てに自信がついた』というよりは、私は私でいいと思える感覚がやってきたこと。

だから、他の親子を見たときに、そこに自分を無理やり登場させなくてよくなった。


比べたり評価したり当てはめたりしなくていい。
ただ、そのまま見て感じられるようになった。



昨日、楽しそうに話しながら通り過ぎていった親子を見て、自然と「いいな」って思った。

それと同時に、自分と息子の関係にも、同じようなあたたかさがあると思った。


親子って、やっぱり尊い。
誰かと比べるものじゃなくて、それぞれにちゃんと価値があるものなんだなって思えた。



前は、いい親子であることを考えて意識しすぎて苦しかった。

子どもを尊重できているお母さんとか、のびのびしている子どもとか、そういう “理想像” で見ていた。


ちゃんと話を聞いてあげられているか…
正しく関われているか…
私はそれが出来ていない気がして毎日自信がなかった。


正解がほしかったし優秀なお母さんでいたかった。世間から見てちゃんとしているかどうかで、やっと母親として認めてもらえる気がしてた。



でも今は思う。

\誰に認められるとかじゃない/

それは我が子であっても同じで、息子に認めてもらえなくても私は私でいられる。

もちろん否定されたら悲しい。

でもその悲しさも、私は自分でちゃんと受け止められる。そして、息子が否定してくることも成長だと思えるようになった。


だからもう、
人と比べる必要がなくなったんだと思う。


他の親子を見ても、ただ「いいな」「あたたかいな」って思える。それが、すごく嬉しかった。



もし今あなたが誰かの姿を見てざわざわするなら、無理に変わろうとしなくていいし、いいお母さんになろうとしなくてもいいと思う。


自分をよく見せようとか、
ちゃんとしていなきゃとか、
すごい人にならなきゃとか、

そんなふうに頑張らなくても
そのままそこにいればいい。



もちろん、それが難しいのもわかる。
私がずっとそうだったから。

だからこそ今みんなに
「自分と向き合うこと」を伝えている。



自分と向き合うって、何かを変えることじゃなくて、そのままの自分を受け入れていくことだから。



それではまた。



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