「地に足をつける」暮らしを実践するフェーズに入った。
こんにちは、megです¨̮⃝
このnoteでは、「シンプルに自由に生きていくため」に、日々思考錯誤しながら暮らしている私が学んだことや気付いたことを発信しています。
なにおれさんのvoicyで『「地に足がつく」の僕なりの解釈』という放送を聴いてからずっと気になっていた「地に足がつく」という言葉。
昔から知っている言葉だけど、深く考えたことがなかったことに気がついたのだ。
なにおれさんの「地に足がつく」という言葉の解釈は、
『自分が生きていくために最低限いくらお金がいるのかを知ること』。
つまりは『経済的な底辺を認識すること』。
人は“目に見えないことやもの”、“自分が経験したことがないことやもの”に対して不安や恐れを感じてしまう。
今いる会社を辞めて収入がなくなってしまったら、どんな生活をし、どんな一日を過ごしているのかが、自分のことなのに分からないから恐いのだ。
その結果、会社を辞めることができず生きづらさを感じながらも同じ生活を送ってしまう。
私自身もそうだ。
一人暮らしを経験したことがないため、離婚して自分一人で生活をする暮らしがはっきりと見えない。
だから恐くて今の生活を手放せず、離婚できないまま生きづらさを感じながら暮らしている。
なにおれさんは、
心地いい人生を実現させていくためには、最初に経済的な底辺を経験してしまうこと。底の底まで落ちきってしまうこと。
底に自分の足が着く経験すれば怖さが消える。
最低限のお金で生活する経験をすることで、地面に足が着く。
と話している。
私は現在パート勤務で、扶養内で働いているため月9~10万程の収入だ。
これが将来、年金をもらって生活する場合も同じ。
月に8万円程で生活することになる。
それならば、今からその暮らしにシフトしておく方がいい。
何か災害が起きた場合もそう。
突然大震災が起きて、何も食料や物資が手に入らず、最低限の生活を強いられる日はそう遠くない未来だ。

普段の生活が便利で豊かすぎるからこそ、その暮らしができなくなった時の落差に人は悲しみストレスを感じてしまうもの。
すでに食糧難に陥っているのでは?と思うような今の世の中で、「普通に暮らすこと」自体が難しくなっていることは皆さんも感じていることではないだろうか。
「地に足をつける」という言葉が自分の中に入ってきて以来、度々耳にする、目にすることが増えた。
このテーマでnoteを書こう!と思った直後に聴いた小川奈緒さんのvoicyでも「順調な時ほど地に足をつけて五感を研ぎ澄ませる」というお話をされていてびっくりした😳
「順調な時ってフワフワしがち。そんな時こそ地に足をつけて細かいところを見直し修正し、五感を研ぎ澄ませることが大事」と奈緒さん。
まさにそう!!
お金に余裕がある時ってフワフワしてて、大して欲しいものでもないのに買ってしまったり、自分に何が必要なのか分かっていないことが多いのだ。
つまり自分軸がブレブレになっているともいえる。
それで他人が良いと言ったものを買ってしまい、余計な出費が増えて、自分にとって最低限いくらあれば生活ができるのかが見えなくなってしまう。
私は何があれば心豊かに幸せに暮らしていけるのか、そのためには収入がいくら必要なのか。
それさえ分かれば、労働時間も必要最低限で済む。
年末に「来年はどんな働き方をしようか」と考えた時に、社会保険に入ってたくさん稼ぐことも選択の1つだった。
けれど、私が望んでいる暮らしは“外に出てたくさん働くこと”ではない。
外で働くことは気分転換や趣味程度に、在宅での仕事を生涯のライフワークにすることが私の望みなのだ。
今読んでいる『シン・ファイヤー』は「地に足をつける」を考える上でとても役に立つ本。
何しろ帯に「所持金0円になったとして、お金じゃない手段をあなたさどのくらい持っている?」と書いてあるのだから!!
昨年から始めたnoteでの日記形式の連載。
「ミニマムな暮らし」から始まり、今は「自分を満たす暮らし」を書いている。
こうやって毎日日記を書いていると、「次のフェーズに行く時が来た」と思う時がやってくることにふと気が付いた。
それがまさに今。
「ミニマムな暮らし」で物や家事を減らし自分に必要なものを見極め、「自分を満たす暮らし」で何をすれば自分を満たすことができるのかを知った。
結果、時間と体力が有り余るようになり、自分に余裕が生まれた状態が今なのだ。
昨日のnoteで「生活苦」をテーマにした記事を書いたのは、最近自分が食べている食事がとても質素だと思ったことがきっかけでもある。
家族の夕飯作りを手放して、それぞれで料理をするようになった我が家。
買い物ももちろん各々で。
子供達は値上がり前の価格を知らないので、自分が作りたいと思った料理に必要な食材を躊躇なく買ってくる。(1万円という1ヶ月分の食費内で)
けれど私は、スーパーで以前のように買うことができなくなっている。

野菜に手を伸ばしては、「高すぎる」と思ってやめることを繰り返しているうちに手を伸ばすこともやめた。
この冬は大根、ざく切りにしてある白菜、豆苗、サラダしか買っていない。

お肉は主に豚こまだけ。あとは納豆と豆腐。
家で食べる夕飯は、ハマっている豆乳甘酒鍋かお味噌汁。
そこにサラダや納豆、たまにおかずとしてコロッケやお刺身(切れ端が色々入って500円のもの)などを買ったりする。
手間が全くかからず、そんな食事に日々満たされていたところ、ふと「ちょっと前まで毎日ふんだんに食材を使った料理を食べてたなぁ」と思い出し、「ん?これって他の人から見たらかなり貧しい食事なのでは…?」と思った。
そこから生まれたのが昨日のnote。
そして、「地に足をつける」暮らしをするなら今だ!!とひらめいたのが今朝である。
日々めまぐるしく変わる世の中で、新しい情報が次々と飛び込んできて、それに振り回されているうちに、気づけば心が落ち着かずふわふわと漂っているような感覚を覚えているのが今。
だからこそ意識して、「地に足をつける」ことが大切なのだと私は思ったのだろう。
「もっともっと」と欲しがるのは簡単。
けれど、暮らしを整えていく中で私が見つけたのは、
「もっと良い暮らしがしたい」「もっと特別な日々を過ごしたい」ということではない。
毎朝同じ時間に起きて、深呼吸をしながらストレッチとヨガをする。
いつもと同じルーティンをこなす。
家事を最低限まで減らし、生まれた余白時間で読書をしたり文章を書く。
文字に触れることが私の幸せだ。
外に出て仕事をするのは週に3~4日がちょうど良くて、働く時間は5時間まで。
夕方はゆっくり好きなことをして過ごし、17時半に夕食、お風呂に入ったら早々と寝る。
この暮らしが私の土台となり、創作活動の活力を生み出してくれている。
暮らしが安定していることで心が落ち着き、中庸を保つことができている。
「地に足をつける暮らし」は決して華やかなものではない。
けれど、その静かな確かさみたいなものが、自分にとっての本当の豊かさなのだと私は思っている。
ということで、来週からの日記は「地に足をつける暮らし」というタイトルに変わります😊
ここからどんな風に自分が変わっていくのか、ある意味実験のような毎日がとても面白いです♫
最初は何気なく始めた日記形式のnoteですが、毎日書いていると、自分の暮らしを客観的に見ることができて気付きがたくさんあることにびっくりします😳
おかげで新たなフェーズに入ることができ、続ける楽しみにもなっています♡
今日は続けて2本の更新となりましたが、読んでくださった皆さんありがとうございました✨️
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