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飲み屋で会った若者たち

 もう三十年近く前のことになる。その頃、僕は長野県上田市に住み、シンセサイザーとコンピューターを駆使してライブ活動を行っていた。新聞記事やケーブルビジョンの取材を通じて、上田市周辺でミュージシャンとして知る人ぞ知る存在となっていた。
 家からほど近い所に《戦国》っていう行きつけの居酒屋があって、昔ロックバンドでドラムを叩いていたという音楽好きのマスターと馬が合い、足しげく通っていた。
 居酒屋には色んな客がやってくる。年齢も職業も様々だ。酔いが回ってくると、そんな垣根もすっかり消え去り、笑いに満ちた宴の時が店内に満ち溢れる。平和な日本を肌で感じられる、楽しいひと時だ。
 とは言え、皆が皆、品行方正な客ばかりとは限らない。中には店の外に出て喧嘩しているはた迷惑な客も、いるにはいる。そのマスターは、そういった困った客に向かって、普通とはちょっと違った対処をする人だった。
 「お前ら喧嘩するのは結構だけど、そこじゃ営業妨害になるからな」
 ここまでは、まあ普通。
 「だから、二階に上がって思う存分喧嘩しな。今日は貸切の客もいないから、朝までやってもいいぞ。だけど、物を壊すなよ。壊したら弁償だからな」
 そう言って、店に招き入れてしまうのだった。
 そう言われてしまうと、ワルガキたちも、返す言葉がない。
 「マスターには絶対に迷惑をかませんから」
 なんて言いながら、いそいそと二階に上がっていく。
 その《戦国》で、若者二人組と知り合った。彼らはいつも陽気だったが、高校時代はワルだったと言っていた。その二人の話が、僕にとっては新鮮だった。
 他校のワルと張り合ったり、彼女を取り合ったりして、相手をボコボコにしたり、その逆に顔を腫らして鼻血を流したことなどを、面白おかしく笑い飛ばしながら話すのである。眉を吊り上げるでも肩を怒らせるでもなく、恨みつらみもまったく感じさせないカラカラとした笑い声。身振り手振りを交えて楽しさ一杯に話す。こちらもすっかり引き込まれ、高校時代の彼らの姿が、映画の一場面でも見ているように、ありありと目に浮かんだ。
 そんな彼らを見ていると、それまで忌避し遠ざけていた、世に不良と言われる悪ガキたちの暴行沙汰が、軽く明るいレクリエーションみたいに思えて、心地良い風に吹かれているような解放感を覚えた。
 楽しい酒を酌み交わしているうちに、片方の一人からこんな誘いを受けた。
 「ミュージシャンのダチなんて初めてだから、すっげえ嬉しいんですよ。俺たちの行きつけの店にも来てくださいよ。俺たちがおごりますから!」
 その後、上田市の隣の東部町の居酒屋に移動。そこでどんな話をしたのかまではよく覚えていないが、話が尽きることもなく、笑い声に満ちた時間を過ごさせてもらった。彼らの裏の顔まで知り尽くしていたわけではないが、少なくとも目に映る彼らの姿は、底抜けに明るくて、ある種のヒーリング効果さえもたらしてくれる奴らだった。

 話は変わって、長野市でのできごと。イベントでの演奏を終えた夜だった。一人で夜の街に繰り出し、ふらりと入ったバーの片隅で、他の客から離れ、気難しい顔を浮かべている若者がいた。茶髪で豹柄のシャツ姿が、周囲から浮いている。周りの客は、皆敬遠して近寄ろうともしない。
 妙に存在感を振りまいている若者に、なぜか興味が引かれ、声をかけてみることにした。
 目付きが悪いと思った本心を隠して、
「お兄さん、なかなかいい目付きしてるね。何か心にいいもの持ってそうな感じがするよ。今日は、俺も一人で退屈してたとこだ。よろしかったら一緒してもらえないかい?」
 するとその若者、少々戸惑った様子を見せながらも、
 「いいですよ」
 と同席を受け入れてくれた。
 ボトルを手にして、グラスに注ぎながらぼちぼちと話し始めてみると、その若者は、ロックバンドをやっていてヴォーカルを担当していることが分かった。
 「そうか、それじゃあ、ちょっと聞いいてみたいな」
 ということで、カラオケで歌ってもらうことになった。
 声が聞こえたその瞬間、並じゃないことがすぐ分かった。声も良いし、音程も正確だ。ロックテイストの歌いっぷりが耳に心地よい。
「おお、歌上手いねぇ!」
 シンプルにひと言で褒めると、彼は笑顔でそれに応えた。
 きつい表情をしている間は気づかなかったが、大きなやさしい目、鼻すじの通ったアイドル系のきれいな顔立ち。バンドでヴォーカルをやっているということがストンと腑に落ちた。
 そこで改めて訊いてみた。
 「さっきはきつい顔してたけど、何でなの?」
 すると彼は、意外に思えるほど素直に話し始めた。
 「パンク・バンドやってるんでこんな格好してるんですけど、飲み屋じゃ大人の人に煙たがられたり馬鹿にされたりするんですよ。だからすっかり警戒心が強くなっていたんです。だから、今日は大人の人から声をかけてもらってすごく嬉しいです」
 最初の顔とは、もう全くの別人。互いに体験談なども交えながら、リクエストを連発し、あっという間の楽しいひと時だった。
 「また、どこかで見かけたら、ひと声をかけてね」
 笑顔でそう伝え、握手して別れた。

 さらに時は流れて、故郷鹿児島にUターンしてからの話をもうひとつだけ。
 ひとりでふらりと出かけた夜の天文館。馴染みの飲み屋に入ろうとすると、店の前で、二人の若者が掴み合い、怒声を浴びせ合っている。
 どうしたものかとその様子を見ていたら、興奮した一人が、相手を壁に押し当て、胸倉めがけて拳を振り下ろした。暴力事件に発展しそうな気配だ。出入り口の前に、若い女性キャストが三人、困り切った顔をで立ち尽くしている。
 これはどうも放っておくわけにもいかない。
 そこで、二人に声をかけてみた。
 努めて普通に、何気なく、
 「どうしたの? 女の子の取り合いでもしてるの?」
 すると、殴った方の一人が、すっとこちらを振り向いた。
 「いや、そういうわけじゃ…」
 それまで興奮し切っていたのに、突然知らない者に声をかけられ、気抜けしたような顔をしている。
 「喧嘩をするなとは言わんけど、場所を考えたほうがいいよ。ここは店の前だ。営業妨害になるぞ。ほら見てみな。みんな困ってるじゃん。場所を変えて、もっと広い場所で、のびのびとやっとくれ」
 そう言うと、意外にもおとなしく納得して、階段を降りて外へと出て行った。
 これ、完全に《戦国》のマスターの真似である。
 あの夜、あのマスターの行動に接していなかったら、この日ももっと違う行動に出ていたと思う。
 あのマスター、今では連絡先もわからないが、いつかもし会えたなら、改めて礼を言いたい。
 ただし…、どう出るかは、相手にもよる。見るからに「や〇〇」である場合なんかは、アンタッチャブルを貫くしかない。


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