鳴きまね名人、敷根君
小学校三年のときの同級生に、敷根君という男の子がいた。
日焼けした顔の、運動の好きな子だったが、彼のことを思い出すとき、まず浮かぶのは、カラスの鳴きまねが上手かったことだ。
口に少量の水を含んで、うがいをするように声を出す。
それが、本物のカラスによく似ていて、教室の中に小さなざわめきが広がったのを覚えている。
誰かがそれを先生に言った。
「敷根が、カラスの真似、すごいんだよ」
男の先生は、少し笑って、
「そうか、聞いてみたいもんだ」
その言葉に背中を押されるようにして、皆で彼を連れてきた。
敷根君は、いつもより少しだけ真面目な顔をしていた。
そして、いつものように水を口に含んだ。
「ほう……上手いなあ」
先生は目を細めた。
それにつられるように、周りも笑っていた。
五年生になると、敷根君とは別のクラスになった。
それきり、どこかで見かけたという記憶もない。
ただ、いなくなったという事実だけが、曖昧に残った。
それから、二十数年が過ぎた。
三十代になった僕は、長野県上田市に住んでいた。
ある日、どこからかカラスの声が聞こえた。
その声に導かれるように、敷根君の顔がふと浮かんだ。
心の奥に沈んでいたものが、音に触れて浮かび上がったようだった。
だが、そのとき思った。
記憶の中の鳴きまねと、目の前のカラスの声は、どこか違っている。
乾いた「カー」という声。
あのときの彼の声は、もう少し濁った「ガー」だった気がする。
ただ、その違和は長くは続かなかった。
考えかけては、やめてしまい、そのまま日々の中に紛れていった。
さらに時が流れ、鹿児島に戻ってからのこと。
夜勤明けの朝、布団に潜り込もうとした瞬間、外から声が落ちてきた。
あの「ガー」という濁った響きだった。
上田では、聞いた覚えのない声だった。
敷根君の顔がよみがえった。
うがいをするように、真面目な顔で声を出していた姿。
懐かしい、というより、少しだけ奇妙な嬉しさがあった。
ただ、そのときは眠気のほうが勝っていた。
鳥がどう鳴こうと、日々の暮らしには関係のないことだった。
数日後、カーラジオをつけると、たまたまカラスの話をしていた。
「カー」と「ガー」。
その違いは鳴き方ではなく、種類の違いだという。
「ガー」と濁るほうはハシボソガラスで、都市部ではほとんど見られなくなっているらしい。
その説明は、妙に耳に残った。
知ってしまえば、それだけのことだった。
そのことを、大阪の従弟にも話してみた。
「それ、子どもの頃から知ってたよ。動物博士って言われてたしね」
あっさりと言われて、少しだけ言葉に詰まった。
できるものなら、あの頃に戻って、あのままの敷根君に会って、「ガー」をもう一度聞きたい。そして、今度は「カー」も一緒に…。
