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池を作った夏

 小学生の頃、近所に内村君という同い年の男の子が住んでいた。その子のお父さんは、うんと偉い人で、仕事に出かけるときは黒い大きなクルマが迎えに来た。家には広い庭があって、そこには、大きな池があった。覗いてみると鯉や金魚がたくさん泳いでいて、その中には、握りこぶしほどもある大きな金魚もいた。
 内村君は言った。
 「この金魚も、始めは普通の小さな金魚だったんだよ」
 金魚がこんなにも大きくなることを、このとき初めて知った。
 ― やっぱり、金魚は池で飼わなきゃだめなんだ ―
 僕は、池が欲しくなった。
 「池を作ってほしい」
 両親にねだったところ、借家だから無理だと、あっさり却下された。
 それでも、金魚への思いは消えない。ある日、友だちの一人から、町内に金魚屋があることを聞いて、案内してもらった。
 そこには大きな生簀があって、無数の金魚が泳いでいた。その中には、内村君宅の池で見たようなでかい奴もいて、飼いたい気持ちは増すばかり。金魚屋のおじさんに、池がないことを話すと水槽で飼う方法を教えてくれた。
 その頃は、スズランの花を上向きにしたみたいな、丸い形の金魚鉢をよく見たが、それだと酸素不足になりやすいこと、水替えのこと、エサの量、水道水の使い方まで、細かく教えてくれた。
 そして親に頼み込んで、水槽を買ってもらえることになった。デパートのペットコーナーで、狭い我が家が許す限りのでかいやつを選んだ。客間のサイドボードの上に置き場を確保すると、胸躍らせて金魚屋さんへと向かった。
 「この金魚は、もうすぐ卵を産むよ」
 おじさんがそう言って選んでくれた、赤白ブチの大きなリュウキンは、僕の期待の星となった。 
 水槽を覗き込み、卵を産むのを心待ちにする、そんな毎日が始まった。
 そんなある日、少年雑誌に「自分で池を作る方法」が載っているのを見つけた。庭に穴を掘り、ビニールを被せて、そこに水を張るというものだった。
 これだと簡単に埋め戻せる。親からもOKが出て、厚手の大きなビニールを買ってもらい、庭の片すみに小さな池ができあがった。
 大きな池を見せてくれた内村君、そして隣の細山田君を呼んで、3人で覗き込んだ。
 「よく作ったね…。だけど1匹だけじゃ何か寂しいよね」
 そこで、またまた金魚屋さんへ行き、仲間の金魚を買ってきた。
 楽しそうに泳ぐ金魚たちを、1日に何度も覗き込み、卵を産む日を楽しみにしていた。
 そんなある日、いつものように池を見ると、どうも金魚の数が減っているような気がした。数えてみると、やっぱり1匹足りない。
 「一体誰が盗ったんだ?」
 頭にきた。近所の悪ガキの顏が浮かんだ。あいつだろうか? こいつだろうか?
 でも、母は言った。
 「子どもは、金魚なんか盗まないよ。そんなことしたってしょうがないじゃない。猫だよ」
 言われてみれば、なるほどそうかと思った。金魚を盗むのって、想像しただけでもけっこうめんどくさい。
 犯人が猫じゃ防ぎようがない。ずっと見張ってるわけにもいかない。金網をおっ被せた様子も一瞬頭に浮かんだ。でも、それも何だかなぁ…。
 手をこまねいているうちに、追い打ちをかけるように、問題が発生した。雨だ。
 縁側にいた僕に、隣のおばあちゃんが大声で教えてくれた。
 「金魚が流れてるよ」
 急いで駆け付けてみると、土砂降りの雨で池はあふれ、金魚は地面の上で飛び跳ねていた。排水路にまで流れ出してるのもいる。焦りに焦った。僕は大急ぎで台所に行き、料理に使うプラスチックの「ボウル」ってやつをひっ掴んで、大慌てで庭に戻り、ざんざん降りの中で、1匹1匹と助け始めた。目の回りを濡らしてるのが、雨なのか涙なのかわからなかった。
 救助した金魚は、こうしてまた水槽に戻された。
 雨が降ったら、あふれ出す。穴を掘っただけの池だ。何でそんな簡単なことに気付かなかったんだろう? 僕は自分を責めた。情けなかった。結局、全員を救助することはできなかった。行方不明になったのや、弱って死んじゃったのもいて、数は半分に減った。
 淋しくなった水槽の中で、一番長く生きたのは、最初に買ってきた赤白ブチのでっかいリュウキンだった。
 「もうすぐ卵を産むよ」
 おじさんの声を思い出しながら、その日が来るのをまだかまだかと心待ちにしていた。だけど、最後まで卵を産むことはなかった。 



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