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シリーズ「一年一組」④ *舟男君の孤独

 ある日の始業前、教室の側壁にあった小さな黒板いっぱいに、国語の時間に習った「先生」という漢字二文字を書いたことがある。
 習った字を上手に書きたいと思い、跳ねや払いなどの細部にこだわり、教科書を見ながら練習した結果、自分なりに納得のゆく成果が得られ、「褒められたい」という一心で、目立つように大きく板書したのだった。
 教壇に立った担任の先生が、それに気付いて言った。
 「あの『先生』という字は、誰が書いたの?」
 正面からそう問われると、自分のしたことが急に恥ずかしくなった。後ろの席から、自分の名前をささやく声が聞こえてくる。
 慌ててそれを否定しにかかった。
 「え? 僕じゃない。僕じゃないよ」
 「うそだあ! めどう君が書いたんだよう」
 何だかドキドキしてきた。
 「めどう君が書いたの?」
 それに続いて、先生の口から発せられた言葉は、予想とは違っていた。
 「あの字は間違っているよ」
 ― そんな・・・、間違ってなんかいないよ ―
 不審に思っていると、先生は続けた。
 「先の字の縦棒が、上から二番目の横棒を突き抜けているけど、そこで止めるのが正しい」
 そう言われてみると、指摘された箇所が、わずかにクロスしていた。
 手先が狂って生じたミスなのか、完全に思い違いしていたのかまでは思い出せない。
 習った字をすぐに練習するのは良いことだと、行為そのものは咎められなかったが、皆の前で間違いを指摘された。
 恥ずかしかった。
 そして、悔しかった。

 ある日の国語の時間、配布されたテスト問題に、答えを書き込んでいた。書き終えたら、教壇で待っている先生のところへ持って行くことになっていた。子どもらしい競争心から、急いで書き終え、真っ先に教壇に駆け寄り差し出した。そして、先生の赤鉛筆の動きをじーっと見ていた。
 丸印がひとつひとつ並んで行く様子を得意げに見ていると、新たな丸を書き始めた手が、途中で止まった。
 「ん? これは間違い」
 そう言うと、先生は書きかけの丸の上から 大きなバツ印が重ねられた。 
 「ちょいちょーい!」
 からかいの言葉が聞こえてきた。その頃、日本中で流行っていた囃し言葉だ。
 声の主は、次に順番を待っていたヒデ坊だった。
 その嬉しそうな顔といったら、もう涙が出るほど悔しかった。
 その時の問題は、文章中のブランクに「て・に・を・は」を書き込むというものだった。
 「ひこうきがそら〇をとんでいる」という出題に対して、僕は「に」の字を書き込んだ。
 正解は「を」だった。
 なぜその時「に」を書いたのか…。
 その感覚を今でもよく覚えている。
 飛行機というものは、それを見上げたとき、空に太陽があり、空に雲があるように、「空に」飛んでいるものだった。主体はいつも「見ている自分」であって、主体を飛行機にして考えることが、すんなりとはできなかった。
 改めて考えてみれば、
 「飛行機が空を飛んでいる」
 なんて、実際に人が口にしているのなんて、一度も聞いたことがない。実にすっ惚けたおかしな文章だ。

 僕が黒板に「先生」と書いた翌日のこと。ある男子生徒が、同じ黒板に船の絵を大きく描いた。
 「めどう君の真似だよ」
 そう囁く声が、教室のあちこちから聞こえた。
 その絵は、細かいところまで丁寧に描き込まれており、一年生とは思えないほどの出来栄えだった。
 僕が書いた「先生」という文字とはジャンルが違うとはいえ、その手の込みようは比較にならないほど、船の絵のほうが上だと思った。
 さて、先生は何て言うだろう?
 そう思っていたら、その反応はにべもないものだった。
 「落書きをするな」
 その男の子は、夢中になって練習したに違いない。勉強の方はあまり得意ではなかったが、絵の出来栄えには自信があったはずだ。その成果を褒めてもらいたかったに違いない。子共の自分にもそれが十分に伝わって来た。
 先生は続けた。
 「こんな絵ばっかり描いてないで、もっと勉強しろ」
 先生にとって、生徒とは、自分が教科書を通じて教えたことを効率よく習得するべき存在でしかないのだろうか? まだ子どもだったので、その時は上手く言葉にはできなかったが、何か割り切れないものを感じた。

 その子は、自分と同じ方向に家があり、たまに途中まで一緒に帰ることがあったが、名前がどうしても思い出せない。二年生以降の記憶がないので、転校してしまったのかもしれない。船の絵を上手に描いたので、仮に「舟男君」としておこう。
 舟男君は、よく鼻歌を歌っていた。それは演歌歌手の村田英雄みたいな歌い方で、上手に歌えていたので、周りの子にもそれが認められていた。僕もその中のひとりで、真似をしようとしたが、まったくダメで、全然似ていなかった。だから、その能力を尊敬し、学校帰りに頼んで歌ってもらうこともあった。
 舟男君は、音楽の時間にもその歌い方で熱唱した。
 「子どもが、そんな歌い方をするもんじゃない」
 先生の反応は、冷たく手厳しいものだった。
 「そういう歌い方は、悪い歌い方だ」
 先生は頭から否定したが、その理由については、一切説明がなかった。
 数日前、舟男君が黒板に船の絵を上手に描いたときを思い出した。
 彼は、内心得意に思っていただろう。だからこそ、それを皆に披露したかったのだ。子どもたちはそれを喜んだが、先生からは、いつも踏みにじられていた。
 舟男君自身がそれをどう受け止めていたのかまではわからない。口の達者な子じゃなかったし、大袈裟な反応を見せる子でもなかった。何度も一緒に並んで帰ったはずなのに、そのとき彼がどんな言葉を発したか、思い出そうとしても、ほとんど何も手繰り寄せることができない。内心の動きが読みづらい子だった。
 たぶん、彼の意識は、「求められたことに対して即座に反応してみせる」という方向に向かっていなかったのだと思う。だから、学校の授業は興味の対象になりえず、それに対しては無頓着だった。
 だからと言って、承認欲求が薄かったわけではないことは、船の絵や村田英雄風の歌い方を見れば明らかだ。
 自ら興味を持った対象のみに向かって、一人黙して取り組んだのだ。内へ内へと向かってゆく性格だったのだろう。
 そこに他人はなかなか気づかず、だから先生の評価の対象にもなりにくかった。 
 ― 子どもは,、童謡と文部省唱歌以外は歌ってはならない ―
 先生は心の底からそう思っていたのだろうか?
 本当はこう思っていたんじゃないだろうか、
 「なかなか上手いもんじゃないか」
 とね。

     (※登場人物名は全て仮名です。)

    ☞シリーズ「一年一組」⑤*字の綺麗な太田君


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