シリーズ「一年一組」⑤*字の綺麗な太田君
何かが得意な子は、周囲の視線を集めることになる。
太田直人君という字の綺麗な男の子がいた。先生は皆の前で、太田君の字を褒めた。
彼の書いた字は、実際、ほれぼれするほど綺麗だった。
「うんと練習したの?」
そう訊くと、
「お父さんに習って練習した」
と言っていた。
太田君の字は、「あ」や「お」や「か」の右上がりの度合いやカーブの曲がり具合が絶妙だった。真似してもなかなか出来ず、だから憧れた。
先生は、いつも皆に鉛筆の先を細く削って書くようにと言っていたが、太田君は、先をあまり細くせずに、肉太の字を書いた。
僕は、その太い字が好きだったし、彼自身も太いのが好きだと言っていた。
教育委員会主催の「席書会」という催しがあって、クラスから何人かが選ばれ、出展することになった。太田君は、最大の希望の星だ。
先生は、選に漏れることがないように、鉛筆をよく削って書くように注文を出した。太田君は、ちょっと困ったような顔をしたが、その要求を受け入れ、家に帰って、鉛筆を細く削って書いて持って来た。
そうして書きあがった文字は、少しだけ味気なくなったように見えた。
図画工作の時間に、ボール紙を使った貼り絵が課題になったことがある。僕は何を作るか考えていなかったが、太田君はしっかり決めていた。ボール紙に、段取り良く線を引いてゆき、ハサミを使う手つきにも迷いが無かった。最初に作られたパーツは、何を意味するのか分からず、謎めいて見えたが、造形は綺麗に整っていた。そして、次のパーツへの制作に取り掛かる。淡々と積み重ねられてゆくその先が、どのように完成するのか興味を惹かれ、その様子を見ていた。
しばらくすると、貼り絵は、精巧な機関車の姿を見せ始めた。
驚いた。
最初に作った正体不明のパーツは、機関車の先端部分だったのだ。作品の隅から隅までが、太田君の頭の中にしっかりと描かれていたのだ。
僕は、それと同じものを作りたくなって、その手順を最初からコピーし始めた。出来あがったのは、どこかギクシャクしたポンコツ機関車だった。
字の綺麗さといい、このしっかりと組み立てられた貼り絵といい、何かパーフェクトなものを感じた。
彼は色白で、目鼻立ちのはっきりとした意志の強そうな、時代劇に向きそうなヒーロー顔でもあったので、大いに興味を持ち、その後、彼の家に遊びに行ったことがある。かつて自分が通った幼稚園のすぐそばだった。字を教えてくれたお父さんにも是非会って、自分も字を習いたいと思ったが、残念ながらお父さんはいなかった。
その日は、近所の子も一緒になって遊んだ。太田君は、僕より少し背が低かったが、駆けっこをすると僕より速く、懸命になって走っても敵わなかった。
秋には、僕の出身幼稚園の運動会を、一緒に見に行った。プログラムの中に、小学校二年生までが参加可能な、卒園生による徒競走があることを覚えていたので、それに出るのが第一の目的だった。太田君は、その幼稚園を出てはいなかったが、どうせ分かりはしないだろうと、どさくさに紛れて出てみようということになった。
まずは、僕の順番がやってきた。五人の集団がトラックを一斉に走り出し、僕はメンバーに恵まれて一番になれた。
「めどう君が一番なら、僕は断トツで一番になれる」
太田君は俄然意気込んだ。
ところが、幼稚園の先生たちは、参加者一人ひとりの顔を見てチェックしていた。
「こんな子は、いなかったよね」
彼は、あっさりとはじき出された。
その時の、困惑したような顔が忘れられない。
「僕が出られれば、絶対一番だったのに」
こんな具合に、各方面に才能を発揮した太田君だったが、苦手なこともあった。
音楽の時間にリズムうちをすると、彼の手拍子はいつも遅れた。モーションが大きく、力み過ぎていた。彼は、首をかしげながら、手を合わせていたが、いくら挑戦してもいつも遅れた。彼の手の叩き方は、日本民謡を歌うときの手拍子のような感じだった。
また、彼には吃音癖があった。朗読するときに、ほとんどすべての単語で吃ってしまったが、一年生の時は、それが特に問題になることはなかった。
それから七年後、中学二年のときに、太田君は僕の隣のクラスになった。男子だけで履修する技術家庭科の時間だけ二クラス合同になり、彼と一緒に授業を受けた。
ある日、教科担任の先生が彼を指名し、教科書を読むように言った。しかし、彼は黙ったまま立とうとしない。
先生は、再び彼の名を呼んだ。
「太田、早く読め。……、なぜ読まない?」
反応しない太田君に苛立ち、彼は怒りだした。それでも立とうとしない太田君。ついには、怒り心頭に発した。
そこにいた生徒の半数を占めていた隣のクラスの生徒は、なぜ彼が反抗しているのか分からなかった。
同級の一人がようやく口を開き、太田君が吃ることを告げた。
「吃るなら吃ると、なぜ早く言わない?」
険悪な空気の中、他の生徒が指名され、朗読を始めた。
笑われて傷付いた経験が度重なっていたに違いない。吃ると告げることさえ、彼にとっては苦痛を伴うことになっていたのだろう。
成長過程にある感じやすい心を持つ子どもたちが、学校という集団の枠組みの中で成長して行くことの裏側には、避けて通ることのできない問題点が数多く存在するように思える。
彼に関する記憶は、この中学二年のときが最後で、それから後のことは分からない。何か技術系の仕事、図面を書いたり、デザインしたりするような仕事に携わっているのだろうかと、時々勝手に想像してみることがある。
(※登場人物名は、仮名です)
