雨音に包まれて ~ 若き日の思い出
27歳。東京を離れ、長野県南佐久郡小海町のきのこ園でアルバイト就業していた頃のことだ。
ある雨の日曜日。寝泊りしていた寮の一室で、僕は、日々の労働で疲れた体を横たえていた。
音を通しやすい簡易建築の寮の中に、周囲を包み込むやさしい雨音が、まるで内緒話のような親密さでささやきかけてきた。
穏やかな雨音に聞き浸っているうちに、自分の魂が身体という殻から解き放たれ、広い空間に向かって溶けだして行くような感覚に包まれていた。
降りしきる雨。間近な空間を埋め尽くす雨。その雨が、同時に周囲の山々や川、駅前の町、さらにその隣町と、大きく広がる空間を包み込んでいる。
遥かな光景に思いを馳せていると、夜空に広がる天の川を構成する無数の星々の輝きが脳裏に浮かんだ。
高校時代に、二人の友人と共に、テントを背負って訪ねた下甑村の浜辺で、漆黒の夜空にくっきりと浮かび上がる銀河の輝きを見上げ、感激したときのことを思い出していた。
自分の命は、銀河を構成する無数の星々のように、無限の命のリレーを構成する一瞬の輝きとして生み出されたものであり、そういった命の営みによって、この世に生み出されたのだ。
感動していた。
自然界の祝福を受けて、生まれてきた。その当たり前のことを、そのまま素直に受け入れ、自分が世界の一部であることを実感した瞬間だった。
長い間、重くのしかかっていた自己否定感から解放され、停滞していた思考が、動き始めるのを感じた。
その後、人生が動き始め、様々な人との出会いを通じて、様々な出来事と遭遇することになる。
信州小海の小さな村。そこに建っていたあの簡易建築の寮で、背中に感じた床の感触や、耳元に響く雨の音が、今でも鮮明に思い浮かぶ。
