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雪の思い出、三選

 当時、僕は、長野県上田市に移住して間もない駆け出しのピアノ教師だった。
 ある雪の朝、山中の雪景色を見たくなり、用もないのに女神湖方面に車を走らせたことがあった。
 厳寒の小海で、二度の冬を経験した後でもなお、南国育ちの僕にとって、降り積もる雪に覆われた山林の風景は、それを見るためだけに、わざわざ足を運びたくなるほどの魅力があった。
 行く手に待ち受ける雪景色だけを頭に浮かべ、クルマを走らせる。
 いつも見慣れていたはずの山道が、雪に覆い隠され、白い異世界へと誘う。
 ダッシュボードの吹き出し口から流れる暖かい風を感じながら、ハンドルを握りしめる。

 やがて、人影ひとつない山林の光景が目に入った。

 真っ白な雪に覆われた竹林。
 天空から降りしきる無数の雪つぶて。
 重さに耐えかねた枝から音もなく零れ落ちる雪塊。
 白い息が、目の前にゆらりと揺れる。
 日常空間から解き放たれ、悠久の時の流れに我が身が溶け出していくようだった。

 タイヤチェーンを巻いていたとは言え、たったひとりで大雪の山中にのこのこと出かけて行くなどと、随分無謀なことをしたものだと思う。
 この時は、自ら望んで白銀の雪世界の中に入って行った。それとは真逆に、望みもしないのに雪の中に閉じ込められたこともあった。

 千曲川河川敷のつけば小屋に、半年ほど住んだ時のことだ。飲食業のために作られた小屋なので、水道もガスも使えて、普通に日常生活を送ることができた。風呂は無かったが、近くの温泉があったので不自由は感じなかった。
 ところがある冬の日。大きな「不自由」に襲われることになる。
 朝目覚めてみると、窓の外が、すべて真っ白になっていた。雪の少ないはずの上田で、珍しく四十センチを越える積雪。辺り一面、すっぽりと雪に埋もれ、雪の圧力で扉も開けられない。
 街中であれば、除雪車もやって来るが、ここは、河川敷の中にぽつんと佇むつけば小屋。
世間から一人ポツンと隔離され、完全孤立無援状態。雪のことなど全く頭になく、除雪のための道具など一切準備無し。
 真っ白になった頭で、真っ白な世界を、ただ茫然と眺めていた。
 全くのお手上げ状態である。
 困っていながらも、美しい銀世界に魅入られている自分もいた。
 ジタバタしようにも、ジタバタしようがない…。
 そうは思っても、いつまでも幽玄の美世界に浸り続けるわけにもいかない。
 かと言って、自分一人の力では、どうにもならない。
 誰かの力を借りたい。
 だが、こんな朝早く、我が身をさておいて、人里離れた河川敷に駆け付けてくれる人などいるはずかない。
 そこでまた、思考停止状態へと引き戻される。
 頭の中は、どうどう巡り。
 心は、行き場を失ってさ迷い続ける。
 思い切って、その混迷の無限ループからジャンプする。
 ダメでもともと。
 取り敢えず一番近い所に住んでいる小学生のピアノの生徒さんのお宅に、思い切って電話してみた。
 生徒のお母さんが電話に出て、ご主人にそれを伝えたところ、有難いことに、除雪のためのシャベルを車に積んで、救出のためにこちらに向かってくれた。たまたま仕事が休みだったのだ。
 案ずるより産むが易し。
 堤防道路に停めた車から、降り立った彼の姿は天の助けに見えた。
 広がる雪世界を挟んで大声で言葉を交わし、互いの存在を確認し合って、除雪作業を開始。道具の無い私は、最初は板切れを使っての除雪。一級河川千曲川の河川敷に横たわる膨大な雪を人の腕で取り除く作業は、シーシュポスの神話の天罰のように、いつ終わるとも知れない肉体的試練だ。
 途中で何度か心が折れそうにもなったが、そんなそぶりを見せるわけにはいかない。根気強く、ひたすら除雪作業を続ける以外に道はないのだ。
 互いの距離がある程度近づいた時、向こう側からシャベルを一本放り投げてくれた。その後も、黙々と作業は続く。その結果、どうにかクルマ一台が通り抜けられるだけの細長~い通路が出来あがった。
 ― これでやっと外の世界と繋がれる! ―
 その若いお父さんは、嫌な顔ひとつせず対応してくれていたが、生半可な労働量ではなかった。笑顔を見せてはくれたけれど、ちょっと無理をした笑顔に見えたのは、迷惑をかけているという負い目のせいだけではないだろう。
 ともあれ、こうして人様の情けにすがって重労働を引き受けてもらい、どうにか助けてもらえたのは、本当にあり難いことだった。後日、包一つを携えてお礼に上がったのは、言うまでもない。
 雪での苦労話と言えば、さらに、もうひとつ思い出すことがある。

 トラック運転のアルバイトをしていたときのことだ。
 二トントラックの荷台一杯に酒を積み込み、長野県東サイドにある上田市から南信の諏訪市まで行かなければならなかった。その間には高度千メートル級の山々がそびえる諏訪山地が横たわっている。出発は夜だ。
 まずいことに、雪の情報が入って来た。大雪が降り続き、山は吹雪いているらしい。
 夜ともなると、運転中の視界は、ほぼゼロ。進行の指針になるのは道路両サイドに引かれた白いラインのみとなる。しかも、視界に入るのは、ヘッドライトに照らされた部分だけ。それだけでも十分過ぎるほど怖いが、さらに怖いのは、上り坂で停車してしまうことである。酒を積んで重たくなった車両は、一度止まったら最後、それ以上、全く坂を上ることが出来なくなてしまうのだ。スノーチェーンも何ら効力を発揮せず、雪道の上でタイヤは空転してしまうのだ。万が一そうなったとしたら、長い長い坂道をバックで延々下らなければならない。そうして平坦な場所まで戻って、そこから再度、出発し直すのだ。
 それ以外に方法はない。山の中の細い一本道には、方向転換できるような余剰スペースは一切無いのだ。

 ― だったら、止まりさえしなければ、それでいいじゃないか ―
 いやいや、事はそれほど単純ではない。赤信号で停車するという事態も避けなければならないのだ。
 ― こうなれば、もう信号無視も止む無し! ―
 そういうわけにもいかんのだ。ほとんど対向車など見かけない山道ではあるが、こんな時に限って、警察が取り締まりをしている場合が結構ある。
 ― それじゃ、一体どうすりゃいいのさ??? ―
 遠くに信号機の輝きが見えてきたら、そこからが勝負。赤信号にひっかからないように、慎重に慎重に速度調整しながら、そろそろと進む。アクセルペダルの踏み込みが浅すぎるとエンストを起こすので、それもまた避けなければいけない。これがなかなかの冷や汗モノだ。
 出発前、神妙な顔つきをした社長から、過去における失敗談を聞かされた。吹雪の上り坂という、同じような条件下で赤信号にひっかかってしまい、今来た道を延々バックしたというツラい体験を聞かされ、「くれぐれも気を付けるように」と脅された。もとい、励まされた。
 ハンドルを握る手に力が入った。緊張して顔がこわ張っているのが自分でもわかる。真っくら闇の中から、渦を巻いて突進してくる無数の雪つぶて。螺旋形の美しい幾何学模様がくるくると回転し、まるで催眠術のように現実感覚を麻痺させる。進行方向を知る手掛かりになるのは、下向きのヘッドライトが照らし出す白線部分だけ。そのわずかな部分を凝視しながらの、じつに窮屈で珍妙な、極限的緊張状態が続く。ハンドルを握りしめる両手だけでなく、全身に力が入ったまま、延々と続く闇の中の奇矯な孤独。
 無事に目的地のステーションに辿り着いたときは、ほっとした。サイドブレーキを引いた瞬間、体全体から力が抜け、奥歯がガクガクと震えた。自販機から取り出した缶コーヒーを、凍える両手で包み込んだときの温かさが忘れられない。
 今となっては、それも良い思い出だが、もし、同じことにもう一度挑戦できるかと問われれば…、いやいや、それだけはもう御免である。


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