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本音を話すと泣いてしまう理由を、私なりに言葉にしてみた

昨日は、
「本音がわからないときの思考整理:15分ワーク(テンプレ付き)」をまとめました📖

今日はそこから少し離れて、
本音を話そうとすると涙が出てしまうことについて、
私なりに言葉にしてみます。


本音を話そうとすると涙が出る

本音を話そうとしただけなのに、
なぜか涙が出てしまうことがあります。


泣いて困らせたいわけじゃないし、
大げさにしたいわけでもない。


ただ、話したいだけ。
でも、言葉が出る前に、
喉がぎゅっと締まって、
胸のあたりもぎゅっとなる。


前はそれを、ただ
「また泣いてしまった」
で終わらせていました。


でも今は、
その前に何が起きていたのかを少しずつ見てみると、
自分を責めるだけじゃない見方もできるのかもしれない、
と思うことがあります。



涙が出やすい相手

私の場合、特に涙が出やすいのは、父と母でした。
共通しているのは、
どちらも私にとって「大切な人」だということ。


ただ父は、
大切な人ではあるけれど、
正直、距離をとりたい人でもあります。
それは冷たさではなくて、
私の心を守るために必要な距離です。


大切な人なのに、近づきたいだけじゃない。
むしろ、近づくほど怖さが出ることもある。


自分でも、少しややこしいと思います。



体が先に反応する

本音を話そうとするとき、
私の体はまず反応します。


喉がぎゅっと締まる。
胸もぎゅっとなる。


「言って大丈夫かな」
「否定されないかな」

そう思った瞬間に、
言葉より先に体が固まる。


前はそれを、ただ「泣いてしまう」としか見られなかった。
でも今は、泣く前に喉や胸が動いていたことを、
少しずつ思い出せるようになってきました。



涙の直前にあったもの

掘り下げていくと、
涙の直前にあったのは、こんな気持ちでした。


否定されるかもしれない怖さ。
見捨てられるかもしれない不安。
それでも、分かってほしい気持ち。


怖い。
でも、分かってほしい。
この2つが同時にあるとき、
涙が出やすいのかもしれない。


泣いているというより、
怖さと願いが一緒に出てきていた。
今はそう見えることがあります。



同じ「泣く」でも、意味が違った

そして面白いことに、
同じ「泣く」でも、相手によって意味が違いました。


父の前で出る涙は、どちらかというと防衛でした。
「否定されるかもしれない」
「味方でいてもらえないかもしれない」

そんな怖さが前に出やすい。


母の前で出る涙は、安堵でした。
聞いてもらえている安心感。
受け止めてもらえている感覚。
それに触れたときに、涙が出る。


そしてもうひとつ。
自身の本音に少しでも触れられたとき、
嬉しくて少し震えるような感覚と一緒に、涙が出ることもありました。


同じように泣いていても、
中で起きていることはひとつじゃないのかもしれない。



泣いたあとに欲しいもの

泣いたあとに欲しいものも、
あとから見るとはっきりしていました。


肯定。
ハグ。
味方でいてくれる感覚。


本音を話す場面が「戦場」みたいになるとき、
たぶん私は勝ち負けがしたいんじゃなくて、
関係を失いたくないだけ。


でも、
分かり合いたいのに、
否定される怖さも一緒に出てくる。


その記憶が体に残っていると、
言葉より先に涙が出ることもある。



little me

私は心の声を見失わないために、
その内側を「little me」と呼んでいます。


泣いてしまった日も、
「またダメだった」じゃなくて、
「大切なものに触れていたんだな」
と思えるようになりました。


もちろん、克服できたわけじゃありません。
今でも泣きます。


でも、少しずつ
泣くことを責める前に、
喉と胸のぎゅっとをほどいてあげたい。

そう思っています。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます✨

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「それ、私もある」と思う行がひとつでもあったら、
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