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【エッセイ】共通一次試験の国語「小説の問題」は、著者・黒井千次氏にも解けなかった話

先週のこの記事へのアンサーエッセイです

尾添クンのエッセイに触発されて、私も1982年以降の朝日放送のバイトコーナーでの出来事を書いてみることにしましょう。

彼の文章を読んでいるうちに、近年思い起こすことがなかった「共通一次試験」にまつわる神戸大学女子とのやり取りがよみがえってきたのです。
 
尾添クンが書くように、このころバイトコーナーには、同志社大学の喜劇研のメンバーの男子学生と、神戸大学の多くは経済学部の女子学生が、それぞれ数名、はがき整理や宛名書きなど雑務のアルバイトに来ていました。

私は神大の女子学生とはあまり話が合わなかったのか、同志社喜劇研の「あほあほしい」メンバーとばかり仲良しになっていました。私たちは至極気が合ったのです。

尾添クンや生瀬クン以外にバイトコーナーには、今は島田商事の社長となっている、いつも陽気でノリがよくスマートな島田晋宏クン、また「浪速割烹 㐂川(きがわ)」のランチなどを一緒に食べ歩いた、ずんぐりむっくりのグルメ学生・末吉哲クンなどもいました。彼らとはとても気安い仲で、一緒に話していると愉快な笑いが絶えませんでした。
 
そんな日常のある日のことです。1985年の3月でした。

私は宝塚の自宅マンションでテレビを見ていて、作家・黒井千次さんが、テーブル付きの椅子に座って、視聴者に向けて「共通一次試験」の問題点を語っているのに出くわしました。大学の共通一次試験は、すでにその数年前から始まっていました。

今、当時のNHKの番組表をみると、この番組は毎週月~金曜の帯で、夜9時45分から15分間生放送されていた「NHKニュース解説」だったかと思われます。

こういうお話でした。

私の小説『春の道標』の一部が大学の共通一次試験に国語の問題として出されていた。いくつかのシーンで、登場人物の心理を分析する問題だった。

つまり、①主人公で、高校2年生の倉沢明史は、~(ホニャララ)と思った。②倉沢明史は、~(ホニャララ)と思った。③倉沢明史は、~(ホニャララ)と思った。この三つから正しいのを選べ、という三択の問題であった。

私は新聞に載っていたその問題を解いてみようと思った。書いたのは私自身だから、倉沢明史の心理はよくわかっている。私は全問正解できるはずである。

さっそく解いてみた。三択のどれも作者である私の意に添ったものはなかったが、あえて意に近いものを選択した。

正解が紹介されていたので、私の解答と答え合わせをした。私は全問、不正解であった。なんということなのか。この国語の共通一次試験問題は、おかしいのではないか。

以上が黒井千次氏のお話のあらましでした。

私はたいへん興味を覚えました。自分もぜひ解いてみたい。

自宅に取っておいた新聞から共通一次のその問題を探し出し、解いてみました。答え合わせをすると、なんと私も全問、みごとに不正解でした。

どういうことなのか?黒井千次氏がおっしゃる通り、共通一次の国語の問題は、おかしいようだ。私もまた黒井氏同様に、大きな疑問をいだいたのです。
 
翌日会社に出て、いつものようにバイトコーナーにゆくと、同志社の喜劇研の男たちと一緒に、神戸大学経済学部の女子学生たちがいました。1979年に始まった共通一次試験。彼女らもこれを受けて大学に合格しています。私はその女子学生たちに、ことの次第をぜんぶ語りました。そしてこう言いました。

「書いた作家ですらも正解できない問題というのは、無茶苦茶でしょう?現代国語にこんな問題を出すのはおかしいね」

すると、それまではがき整理や宛名書きなどをしていた神大女子たちのひとりが作業の手を停めて、私に向かってこう言ったのです。

「その考えは、松本さんも、作者の黒井千次さん自身も、間違っていると思います」

なにを言い出すのかと戸惑いました。

「どういうこと?」

「小説の一部だけを読んだくらいでは、登場人物のキャラクターや心理なんて、ほんとは分からないんです。ですから、四択にしろ、五択にしろ、こういう選択の問題は、登場人物の心理を考えてはいけないんです」
「ほう?」
「考えるべきなのは出題者、つまり問題を作った人の心理です。選択問題で正解するためには、問題を作った人が、選択肢のうち正解として答えてほしがっているのはどれなのか、その出題心理を見極めたらいいのです。出題者の気持ちに合わせてあげたらいいのです。そしたら100%、正解できます」
「ええっ、そんなことなの?受験生が出題者の気持ちを忖度するの?」
「はい、そうです。共通一次の選択問題とは、そういうものなのです」
「知らなんだ……」
「これは、じつは共通一次では基本的なことなんですよ」

共通一次における、少なくとも小説の長文読解の選択する問題正解の秘訣とは、登場人物の心理ではなく、出題者の心理を深く読み取ることだというのです。小説の登場人物の心理などはどうでもよくて、なによりも出題者の意図こそが大切、それが受験技術というものである、というわけです。

「しょーもない問題の出し方やなぁ。こんなん、あかんわ」と、私はぼやかざるを得ませんでした。

私の受験時代には、三択、四択などといった、採点しやすいことだけがメリットの問題は出されていなかったように思い出されます。私の受験時代には試験は一回きり、国立大学は、私立と同様に個々に試験問題を作成しており、大学によってそれぞれの個性がありました。その個性に合った受験生をこそ大学に受け入れようとしていたのです。

思えば、私の受験した京大の国語では、どんなテーマだったかは忘れてしまいましたが、数百字の論理的文章を書くことが指示されました。その前年の国語の入試では、擬古文の歌曲1,2番目の歌詞が提示され、「これを受けて、3番目の歌詞を書け」という問題が出されていました。

これらは、採点する側にとっては大変な作業だったでしょうが、論理的思考力や、文章力を知る上で、かなり有効な出題だったかと思われます。黒井千次氏が受けられた東大の入試でも、同様のことだったと思うのです。

選択問題は、どうも共通一次試験が採点しやすいようにするためにのみ、重用されるようになったものかと思われました。設問の仕方が安易過ぎる、としか思えません。
 
さて、1985年の10月から始まった、島田紳助さん司会の「夜のAタイム」に、私はセカンドのプロデューサーとして参加することになりました。その番組で、1984年の共通一次に出た小説『春の道標』の出題パートをドラマとして映像化して、紳助さんはじめ、スタジオのみんなに三択を解いてもらうという回を作りました。

共通一次試験の、みっともない実態を興味深く暴いてみせようと思ったのです。このネタを私が企画会議で物のついでに話すと、構成のがっしゃん(東野ひろあき氏)も、チーフディレクターの前野弘光氏もとても面白がり、乗ってきてくれました。あのころもやはり私はみんなと、愉快なノリで番組を作っていたと思い出されます。
 
さて共通一次試験、この名称はのちに「センター試験」と改称され、今は「大学入学共通テスト」と言うらしいですが、国語の問題はどんなものになっているのでしょうか。

まさか、いまだに「問題を作った人が、三択、四択のうちどれを正解として答えてほしがっているのか」、その心理を忖度するのを受験生に求めるような出題の仕方など、もうしていないでしょうね?18,9歳の若き純一な受験生に対して、出題者の大人への「おもいやり解答」などをさせてはいけません。

黒井千次氏の作品は最近でも、2022年の共通テストで採用されたようです。黒井氏は今年2025年、93歳になってもなおご壮健であり、入試問題のあり方について、今もきっと鋭い目を光らせていらっしゃることでしょう。

島田クンの自宅でホームパーティー。ふたりの神戸大学OGのうち、前列左の青いスカートの女性が、国語選択問題の正解の秘訣を教えてくれた。後列右が島田クン。
現在の私と尾添クン(朝日放送にて)

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