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デートは青春の命の泉である 【尾添秀則】

元:アタッカー/朝日放送アルバイト 現在:不登校生徒支援者 尾添秀則

バイトコーナーでの松本さんと私、 1982年です。

私は1982年に大学のサークル(同志社大学・喜劇研究会)の先輩の紹介で朝日放送のアルバイトに入ることができました。

当時、朝日放送社屋3階にテレビ制作部のフロアがあり、その一角にバイトコーナーがありました。

喜劇研究会の1年先輩の生瀬勝久さんともここで一緒に働きました。

松本さんは自ら立ち上げられた「ラブアタック!」を離れ「わいわいサタデー」を担当されておられる頃でした。

松本さんは土曜日の本番に向けVTRの編集作業を徹夜でされ、精魂尽き果てたあと、一服の清涼剤を求めるようにふらっとバイトコーナーに来られることが多かったです。

なぜならそこにいる男たちは私(ちんちくりんのチビ)や、テレビ画面のような巨大な顔の学生(末吉哲くん)がいて、ちょいと笑える一方、女性たちは才色兼備のプリティウーマンばかりの素敵な空間になっていたのです。

バイトコーナーに自ら足を運んで大学生たちとわいわい会話して楽しむ朝日放送の社員は、会社にたった一人、松本さんだけでした。

松本さんはそこで自らの恋愛理論(フロンティア女性理論)や、お考えになられた恋愛格言を我々に語ってくださいました。

「デートは、青春の命の泉である。」

この写真は、後年2011年に、20年近い昔を思い出して改めて私が松本さんに書いてもらったものですが、1982~4年の時点で、松本さんはいつもそのように語っておられました。

この言葉はなんと松本さん自身はもちろんのこと、私や末吉くんのように人生でほとんどろくにデートしたことがない者たちにとっては、羨ましくあり、決して簡単に手が届かない深遠な言葉でした。

この素晴らしい格言は、私たちバイト生の発案で、バイトコーナーの壁に貼られました。

松本さんは、男の私たちを「君らはホンマにどんくさい男やなあ」と優しく見守ってくださり、またバイト美女軍団には、我々男子学生たちと一緒になって、彼氏さんとのリアル交際の生態をドキドキしながら聴かしてもらったりして、仕事をひととき離れて、私たちと会話できることを心底楽しんでおられました。

私たちのころの朝日放送バイトコーナーは、男子は同志社大学の喜劇研究会が多くを占めており、自らのプライドをかなぐり捨てても、人に笑ってもらうことに価値を見出していました。「とことんアホであること、正々堂々とミジメな存在であること」、これらが私たちの最上位概念でした。

一方女子は、神戸大学の大学公認テニスサークルの容姿端麗&学力ハイスペックの方々でしたので、そこには恋愛身分格差が厳然と存在し、私たち同志社の喜劇研のメンバーと恋愛関係に発展することは皆無でした。

でもだからこそか、朝日放送のアルバイトを卒業しそれぞれが社会人に巣立ってからも集まって同窓会をする日々が続きました。

時は流れ1993年、日本の政治状況も激変し、細川連立政権が成立しました。

松本さんは若い学生たちの新鮮な発想や感覚を貪欲に吸収し、「探偵!ナイトスクープ」でも、数多くの学生アルバイトと一致団結して、途方もないアホ・バカ方言の境界線作りを完成されました。

そして、ついに『全国アホ・バカ分布考―はるかなる言葉の旅路』。この500ページを超える豪華本を出版されたのです。

松本さんを愛し、日本文学を愛する私は、その吉報に喜びが溢れ、歓喜の涙を流しました。

そして松本さんに「本当におめでとうございます!ぜひアホ・バカ分布考の出版記念パーティーをかつての朝日放送バイト仲間と開催させてください!」とお願い。

「ホンマかいな。アンタはええとこあるな。喜んで」

バイト仲間の島田晋宏先輩(現・島田商事社長。生瀬さんと同学年)の自宅で、出版記念パーティーを開催したのでした。

1982年に朝日放送のアルバイトルームで出会い、「わいわいサタデー」などで一緒に番組作りに参加させていただき、2025年となった今でもお元気な松本さんとこうして語り合える幸せに胸いっぱいです。

『全国アホ・バカ分布考』出版記念パーティーから早32年の時が過ぎました。さあ、そろそろバイトコーナーの仲間との同窓会をしましょうかね、松本さん!


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