偉大なる古代の数学者ヒュパティア
どうも、マルタです。
今回は、古代の数学者ヒュパティアをご紹介します。
ヒュパティアは、史実で確認できる限り、一番最初の女性数学者であり、哲学者・天文学者でもありました。
彼女の生き方は、とても高潔で、一言で言えば時代と戦った人物と言えます。
そして、彼女には社会を変えうるほどの影響力がありました。
今回は、ヒュパティアの生涯と業績をご紹介します。
【補足】時代背景
その前に、前回のアルキメデスの記事(紀元前300年頃)から、時代が700年近く進んでいるので、時代背景を解説しておきます。
まずヒュパティアが生まれたのは、西暦355年頃だとされています。
この700年で起こった世界の歴史はこんな感じです。
紀元前300年頃、アレクサンドロス大王によって、ギリシャからペルシャ、エジプト、インド西部あたりまで征服される。
その過程でギリシャ文化が、広く伝わっていきました。
その流れで、エジプトのアレンクサドリアが発展。(アレクサンドロス大王の名前に由来している)
この土地に、アレクサンドリア図書館が設立され、ユークリッドやアルキメデスが活躍した。
アレクサンドロス大王が没後、エジプトはプトレマイオス一世が収めることに。
紀元前30年頃にローマ帝国がやってきて、エジプトはローマの属州に。
ここからギリシャ文化とローマ、エジプトの宗教などが混じった多文化都市になる。
西暦に突入してから、キリスト教が勢力を高めていき、徐々に拡大していく。
そんな時代背景があります。
ヒュパティアの生涯
英才教育を受け、科学者に
舞台は西暦355年頃。
ヒュパティアは哲学者・数学者テオンとその妻の娘として、大都市アレキサンドリアに生まれました。
哲学者・数学者のテオンは、その時代における代表的な賢者の一人でした。
そんな偉大な父を持つヒュパティア、もちろん父の才を受け継いでいました。
父テオンの仕事を手伝いながら、いつしかヒュパティアは父を超えうるとされるほどの科学者へとなっていくのでした。
アレクサンドリア図書館の学長になる
ヒュパティアがおよそ30歳ぐらいの時に、彼女はアレクサンドリア図書館の学長になります。
これにより、ヒュパティアは知識人の象徴とも言える存在になっていったのでした。
アレクサンドリア図書館は世界的に有名で、およそ70万冊もの書物が保管されていたと言われています。
さらにそれだけでなく、多くの若い男性に哲学を教える先生としても活動していたのですね。
神を探求する哲学、その哲学に奉仕する数学、天文学への思想、その美徳が宗派を超えて多くの人々に支持され、市民にとても愛されていたのですね。
ちなみに、当時のアレクサンドリアは、ゴリゴリの男性社会。
女性は結婚することが当たり前で、結婚すれば家庭に専念するという時代でした。
そんな時代に、多くの人を指導していたと考えると、とてもすごいのですよ。
ヒュパティアの悲劇
しかし、ヒュパティアの最後は突如として訪れます。
ザックリ言えば、宗教対立に巻き込まれてしまったのです。
輝かしい栄華を誇ったアレクサンドリアでしたが、キリスト教とユダヤ教の対立が激しくなり、争いが始まりました。
エジプトにおける非キリスト教の施設や神殿がどんどん破壊され、ついに知が集結したアレクサンドリア図書館も焼き尽くされてしまったのでした。
そんな情勢が悪化したなか、ヒュパティアは拉致されてしまい、無惨に殺害されてしまったのでした。
宗教対立が起こっている中、多くの人々が改信させられていた中、ヒュパティアは断固として自身の信仰を貫き通していました。
もちろん、ヒュパティアの一貫した信念はとても尊敬に値されていた一方で、、一部の反対勢力の憎しみを買ってしまいました。
「考える権利を保有してください。誤った考えでも、何も考えないよりは、はるかに価値があります」
「迷信を真実として教えるのは恐ろしい」
というヒュパティアの言葉が残されているのですが。これらは一部の勢力からは、神への冒涜とみなされてしまったのです。
このような、水面下に忍び寄っていた魔の手が、ついにヒュパティアの喉元に届いてしまった、というわけなのです…。
この事件は、歴史上における、理性から信仰への転換期になります。
つまり、科学が衰退し、信じる力がパワーを持つ時代へと変わっていくきっかけになったのでした。
それほどまでに、ヒュパティアという人物の存在が大きかったのですね〜。
ヒュパテイアの業績
ヒュパティアの人生は、とても激動でしたが、彼女は主に、数学書の注釈を付け足したことで知られています。
簡単に言えば、めっちゃ難しい本をめっちゃわかりやすくした!ということです。
現代風に言えば、マンガでわかる!みたいなイメージです。(あくまでイメージ)
例えば、古代の数学者ディオファントスの「算術」、アポロニウスの「円錐曲線論」などが、科学書の名著ですが、これらをわかりやすく記したのですね。
このような注釈って、当たり前ですが、そもそも知識がないとできないですし、理解していないと注釈のしようがないですからね。
そのような科学書が読めるのは、天才や賢人に限られていました。
そう考えると、ヒュパティアがいかに科学に精通していたのかが、よくわかるエピソードですよね。
まとめ
今回は古代の女性数学者ヒュパティアをご紹介しました。
いろんな歴史上の人物を調べてみて思うのは、最後まで信念を曲げない高潔な人物というのは、
「死」を恐れていないんじゃないかと。
当時の、宗教を変えるというのは、視点を変えれば、痛い目みたくないから変えるというのも一つあるかと思います。
もちろん、他の教えが素敵とか、そういった理由もありますが。
やっぱり生き延びるためにも、渋々変えざるをえなかった人もいるでしょう。
そんな中、最期まで意見を貫き通したのは、自分の目先の死よりも、はるか向こう側の未来を見ていたのではないか。
そんな気がしてきます。
今回は以上です。
ありがとうございましたー!
