映画(OttO)『ネタニヤフ調書 汚職と戦争』
はじめに
イスラエルのガザ侵攻に関してOttOでドキュメンタリーを見るのは、3本目になります。
「ノー・アザー・ランド」の頃はまだnoteに記録は残していませんでしたが、「壁の外側と内側」の時の記録はこちらです。
クレジット/あらすじ
監督・脚本: アレクシス・ブルーム
製作総指揮: アレックス・ギブニー
出演: ベンヤミン・ネタニヤフ、エフード・オルメルト、ラビブ・ドラッカー / サラ・ネタニヤフ、ヤイル・ネタニヤフ
公開: 2024年(日本公開2025年)
2023年10月7日、イスラム原理主義組織ハマスによるイスラエル攻撃への報復として、イスラエル軍がパレスチナ自治区ガザへの攻撃を開始して以降、終わりが見えずに多くの人命が失われているガザ・イスラエル紛争。
この紛争のキーマンとされるのが、カリスマ的リーダーシップを持ちながらも、強硬的な政治姿勢で物議を醸すイスラエル首相ベンヤミン・ネタニヤフだ。
彼は在任中に刑事起訴された史上初のイスラエル首相でもある。
2017年、汚職疑惑の捜査が進む中、ネタニヤフ本人や関係者への警察尋問記録の一部が、極秘裏に本作の制作チームへリークされた。
そこには、財界やメディアとの癒着、贈収賄、利益供与などの実態が記録されていた。
「美しい脚本」への疑義とリベラルの視点
本作が描き出す、収賄疑惑から極右との野合、そして司法改革からガザ侵攻へと至る一連の流れは、あまりに因果関係が鮮やかすぎて、まるで映画のために書き下ろされた脚本のような危うさを感じさせます。
この「美しすぎるシナリオ」は、本作自体がイスラエル国内におけるリベラル派の視点に立脚していることの表れでもあります。
本来秘匿されるべき尋問動画が流出した経緯そのものが、国内の深刻な分断を象徴しており、視聴者はこれが一つの「一方的な見方」であるという点に留意しておく必要があります。
イスラエル国内の論理と外部視点の乖離
それでも劇中で語られるイスラエル・リベラル層の論理は、日本でニュースに接している私たちの視点とは決定的な乖離があります。
彼らが司法改革を批判する文脈は、あくまで「国内の混乱がハマスに弱みを見せ、テロを招いた」という自国防衛の力学に基づいています。
これは、国家の成り立ちから続く占領や抑圧の歴史を前提とする外部の視点とは異なるものであり、内部からの批判であってもその立脚点はあくまでイスラエルという国家の存続にあることを突きつけられます。
家族への腐食と矮小化される構造問題
妻サラをヒステリックな「悪女」として描く手法には、多分にステレオタイプ的な演出を感じました。
彼女のキャラクターを強調しすぎることは、長期に渡る権力は腐食していくという構造的な深刻さを、単なる「個人の性格の問題」へと矮小化してしまう危うさがあります。
収賄に妻までもが深く関与し、それを隠蔽するために国家の司法を書き換えるという構図は、政治的理念とはかけ離れた、あまりに私的な生存戦略であると言わざるを得ません。
長期政権が奪う国家の自浄作用
長期政権がもたらしたのは、単純な権力の固定ではなく、国家が本来持っていたはずの自浄作用の完全な喪失でした。
かつては一方的な方向に傾きすぎない程度には機能していた合意形成の仕組みが、極右勢力の台頭によって破壊されています。
民主主義のルールが、ネタニヤフという一人の男の私的な動機によって書き換えられてしまった現状では、たとえ解決の手段であるはずの選挙が行われたとしても、それが果たして民主的に機能するのかという疑念がのしかかります。
行き場のない怒りと、遠のく和平
ネタニヤフの保身という矮小な動機が、これほどまでの地政学的な大火を引き起こしているプロセスには、激しい憤りを感じます。
何より願うのはガザをはじめとする停戦の確実な執行であり、和平に向けた継続的な体制の構築です。
しかし、本作を通じて「内部の論理」を可視化されたことで、その道のりがこれまで考えていた以上に困難な状況にあることを、改めて突きつけられた思いです。
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