【ショートショート】『乙女平和協定』
【ショートショート】『乙女平和協定』
「いい? これがもし男子に知れたら、私たちの社会的な死を意味するわ」
放課後の空き教室。生徒会長の麗奈(れいな)は、集まった各学年の女子代表たちを前に、極秘の書面を机に広げた。
書面の題名は——『乙女平和協定』
世の男子たちは勘違いしている。女子はいつでも柑橘系の香りを纏い、お腹など鳴らさず、夜はぬいぐるみと一緒に天使のように眠りにつくものだと。
だが、現実は戦場だ。
朝の産毛処理から始まり、授業中の密やかな「お尻すりすり」、胃腸の摩擦音を咳払いで誤魔化す決死のカムフラージュ。そして夜、自室の鍵を閉めてからの「盛大な空気解放」と、甘く切ない夜のセルフケア——。
「男子たちの夢を守り、かつ、私たちの尊厳と健康を維持するための最終防衛線。それがこの協定よ」
麗奈は眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせ、
各条文を読み上げた。
【第一条:音姫連打の義】
トイレにおける排泄音、特に「濁音」または「半濁音」の兆候を察知せし者は、速やかに擬音装置を連打し、水流音で全空間を遮断すべし。
【第二条:すかし事故における相互不干渉】
静寂なる授業中、万が一誰かの「すかし」が失敗し「濁音」または「半濁音」など微音が漏れた場合、周囲の女子は即座に椅子の脚を床に引きずり『ギギッ』と重ね、速やかに冤罪を創出すべし。
【第三条:夜の聖域の保全】
部屋の鍵をカチャリと閉め、ベッドの中で、
撥音、促音、長音、拗音を漏らしながら安眠を得る行為は、全女子に与えられた不可侵の権利とする。互いに知らぬフリを徹底すべし。
「……異議なしです、先輩」
1年の代表・さくらが、神妙な面持ちで頷いた。
「私、今日の昼休みに購買の焼きそばパンを食べ過ぎちゃって……絶対防衛ラインが限界突破しそうだったんです。でも、隣の個室の先輩が音姫を爆音で流し続けてくれたおかげで、助かりました」
「礼には及ばないわ。あれは私の『半濁音』を誤魔化すための連打でもあったから」
麗奈は静かに微笑み、胸の前で十字を切った。
彼女たちは知っている。
日々空気圧と戦い、
夜には夜の、
誰にも知られたくない時間があることを。
「全員、血判状に署名を」
ペンが紙を走る。
それは、男子には絶対に明かされない、
美しき世界を水面下で支える血の同盟。
協定を結び終えた彼女たちは、教室のドアを開けた瞬間、いつもの「完璧で、甘くて、少し隙のある可憐な美少女」の顔へとシフトした。
「じゃあみんな、また明日ね♪」
鈴を転がすような可愛い声を響かせながら、
彼女たちはすまし顔で歩き出す。
カバンの中に、携帯用の消臭スプレーと、自分だけの秘密をしっかりと忍ばせて。

【ことばの音】
濁音(だくおん)
「゛」をつけて表す音。
例:が・ざ・だ・ば
半濁音(はんだくおん)
「゜」をつけて表す音。
例:ぱ・ぴ・ぷ・ぺ・ぽ
撥音(はつおん)
「ん」で表す音。
例:ほん・りんご
促音(そくおん)
小さい「っ」で表す音。
例:きって・がっこう
長音(ちょうおん)
のばして発音する音。
例:スイーツ・ケーキ
拗音(ようおん)
小さい「ゃ・ゅ・ょ」などをそえて表す音。
例:きゃ・しゅ・ちょ
清音(せいおん)
濁点・半濁点のつかない澄んだ音。
例:か・さ・た・は/「みんな、また明日ね♪」

【清音】
半濁音のお話はこちらをどうぞ💁♀️
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