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結縁吉祥


7月7日の七夕の日、
鎌倉から和歌山県の岩ノ谷不動尊を訪れました。
この日、ホワイトマハカラ様の儀式と岩ノ谷不動尊の護摩法要をリンポチェ様が開催するというのです。

ホワイトマハカラ様の結縁灌頂を準備する中で、鎌倉幕府が追討した後鳥羽上皇と熊野、岩ノ谷不動尊の由来を知りました。(詳しくはこちら↓)


だからこそ、鎌倉のお菓子を
岩ノ谷不動尊へ持って行きたいと思ったのです。

それは、お供えというより、
「鎌倉から参りました。」
そんな小さなご挨拶のような気持ちでした。

選んだのは、
鎌倉幕府を支えた13人の御家人の家紋にちなんだ落雁「かの13人」
北条氏の家紋である三つ鱗の打ち菓子「北條みつうろこ」です。

ホワイトマハカラ様の法要では、偶然
そのお菓子をたくさんのお供え菓子の一番上にお供えしていただきました。

偶然だけど、嬉しかった。


岩ノ谷不動尊は、後鳥羽上皇が熊野詣での途中、
この地で熱を出され、土地の方々に助けられたことへの感謝から、
不動明王をお祀りしたと伝えられている場所です。

みかん畑のずっと奥に岩ノ谷不動尊はあります。

長い年月、
この場所を大切に守り続けてこられた皆さまがおられるからこそ、
今日までこの地が受け継がれてきました。

岩ノ谷不動尊をお守りされている山崎さん

そのことに、まず深く敬意を感じています。

その岩ノ谷不動尊から、線状降水帯の土砂の片づけをしていて
偶然見つかった3つに割れた石版。
3つに割れた石を合わせてみたらわかったお姿。
日本ではその名を知ることも、
お姿を知っている人もいないそれを
チベットのリンポチェが見て「ホワイトマハカラ」だとわかる。

ホワイトマハカラ様 ご開帳に

いったいそれって、
どのくらい有り得ない確率なのかと思う。

福田典子さんによって、
改めてテルマの説明があり、

福田典子さんはテルマやさまざまなお話を

その石板の前で、ホワイトマハカラ様の法要が営まれました。

そして続いて、不動明王の護摩法要。

花びらを使います

リンポチェ様、タシさんによってチベット語の読経が響き、
そこに参列者からの日本で受け継がれてきた不動明王の真言も唱えられる。

わたしは、今まで護摩法要って、
お坊さんがお経を唱えながら火を燃やして、
願いを書いた護摩木を焼くものだと思っていたけれど

不動明王に
この場においでいただくお経を唱えて、
不動明王は火を纏った姿で現れるのだそう。


法要が終わってから、
護摩壇の近くの席に座っていた方に

私が書いた「結縁吉祥」の護摩木が、
リンポチェ様の手で一番最後に焚べられたと教えてもらう。

もちろん、偶然です。
でも、とてもうれしかったのです。

個人としての「私のご縁」じゃなくて

何かもっと
大きな流れの「結縁吉祥」。

鎌倉でしたこと、こちらにご挨拶に伺ったことを
「それでいいよ」と受け入れてもらえたような気がしました。

岩ノ谷不動尊を奉納した後鳥羽上皇。
800年の時を経て、
チベット僧によって見つかったホワイトマハカラ。
3日前の鎌倉幕府跡でのホワイトマハカラ結縁灌頂。

この地で行う護摩法要の最後に
鎌倉の「結縁吉祥」という言葉が焚べられた。

その出来事を通して、私は「ご縁」の不思議さを感じました。

ただのわたしの夢物語です。

でも、その夢物語を思い描けたことが、
とても幸せでした。

「結縁吉祥」。

結ばれたご縁が、これからも吉祥となって広がっていきますように。

そんな願いを込めて、7月の出来事を記しておきたいと思います。


ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
共感したときだけで大丈夫です。
もし何か心に残るものがあったら、
スキやひとことをいただけたらうれしいです。

鎌倉主催のキキちゃん、山本香菜さん、のんちゃん、廣江


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