「芸人やるなら家を出ろ」——夢を奪われたモリエル・デスペラード。歯科技工士x覆面レスラーで再挑戦【前編】
仮面の下にもう一つの人生がある。
昼は歯科技工士、週末は覆面でリングに立つ──彼の名は『モリエル・デスペラード』。
これは、ただの覆面レスラーの話ではない。
夢を諦めかけた少年が、社会でも潰されかけ、もう一度“夢”と出会い立ち上がった、その半生の記録だ。
【前編】では、少年時代から社会での挫折、そしてSUGAMOプロレスへの入団、タイトルマッチに至るまでを追う。
本記事のフルver.動画は、YouTube『裏街道チャンネル』にて公開中。
夢を否定された少年時代——「じゃあ、俺はどうすればいいんだよ」
「芸人になりたい」と思ったのは中学生の頃だった。
お笑い番組や芸人が好きで、芸人になる方法を家のパソコンでこっそり調べた。養成所がどんな場所なのか、学費はいくらかかるのか、どうすれば芸人になれるのか。検索履歴が、それを証明していた。
ある日、パソコンの履歴を母親に見られた。
「これ以上芸人になりたいなんて言ったらお前を家から追い出す」
その言葉に、頭の中が真っ白になった。
夢を語る自由すら、自分にはないのだろうか。
自分の存在意義、存在価値を何度も疑った。
どれくらいだろうか……進路の話になるたびに、母とはぶつかった。
「調理師学校?ダメ」
何を言っても否定される。まるで、親のレールから外れたら“失格”だとでも言うように。
そうして母が差し出してきたのが、歯科技工士の専門学校のパンフレットだった。
「お前、物を作るの好きだろ? こういうの、向いてるんじゃない?」
心は全然動かなかった。
でも「もう何を言ってもムダだ」と悟った彼は、こう言った。
「……わかった。ここ、行くよ」
彼の夢は、こうして封印されてしまった。
終電、徹夜、手取り14万——絶望の社会人生活
国家資格を取って歯科技工士になれば、きっと“安定”した人生が待っている。彼も、彼の親もそう思っていたはず。
しかし、現実は想像以上に過酷な世界。いわゆるブラック企業だったのだ。
始発出社、終電で帰宅、仕事が終わらなければ徹夜する。そんなのはことは、日常茶飯事である。
39度の熱があっても、冷えピタを貼って患者の型を作る。
休日は消え、心も体も削られていく。
月の手取りは、14万円。
同年代のフリーターの友人よりも低かった。
「資格を取って、努力して、やっと就職したのに……なんで、俺はまだこんな場所にいるんだ?」
夢を諦めた先に、“誇れる何か”があると信じていた。
でも、現実は夢を捨てた分だけ、心が空っぽになるだけだった。
コロナが奪った、人生の分かれ道

ある時、母親から「25歳になったら家を出てってもらおうかな」と言われた。手取り14万で生きていけるわけがない。
そんな中、イベント業をしている知人の誘いで、副業として“交流イベント”を始めることになる。
初めての割には好調なスタートだった。少しずつ人が集まり、5回の開催で10万円を超える利益が出た。
彼は思った。
「もう一度、人生を自分の手で動かしてみたい」
そして大きな一歩を踏み出す。300人収容の会場を予約し、初めて借金をして本気で勝負に出た。
勝てば借金も返せる。希望はあった。
入念に準備をした成果もあり、290人まで参加者を集められた。
「あと10人、このイベントだけは成功させたい」と思っていた。
しかし、運命は残酷だった。
開催直前、新型コロナウイルスが襲った。
イベントは中止。会場費は返金されず、手元に残ったのは多額の借金だけだった。
呆然とした。悔しさ、悲しさ、無力感──それは、夢を否定された日と同じ感情だった。
「もう、生きてる意味がわからなかった、クビでもくくろうかなって考えたぐらい」
「俺は何をしているんだ…」ストレス性胃腸炎、そして退職代行
再び歯科技工士に戻った。
どこの会社も人手不足ということもあり、経験があれば50歳くらいでも再就職はしやすい。それだけ、過酷とも言える。
だが、今度の職場も劣悪だった。
ストレスで倒れ、診断結果は『ストレス性胃腸炎』だった。
体も、心も、限界だった。
医者からは、「ストレス源を絶たないと同じことの繰り返す」と言われた。
「俺、また潰される……結局、俺は何をしているんだろう」
退職を決意した。
ただ、一泡吹かせて辞めたかった。自分の体をズタボロにした社長や社員に思い知らせたかった。
そこで思いついたのが退職代行だ。
退職までに自分の仕事だけは終わらせ週末を迎えた。
「これで全部きれいに終わる」
翌月曜日、退職代行から退職の意志を伝えてもらった。
マスクの向こう側に再び夢が見えた

転職先は、安定の大企業に決まった。
そんなときだった。
Xに投稿していた“プロレス観戦用マスク姿”の写真に、1通のDMが届いた。
「西口ドア、やってみませんか?」──室田真宏
「SUGAMOプロレス来ませんか?」──棚ボタ弘至
あのとき諦めた「芸人になりたかった」「プロレスラーになりたかった」自分が、うずいた。
「お笑いプロレス──夢を足して2で割ったような世界なら、もう一度だけ、挑戦してみたい」
自分の鼓動の強さを感じた。
後日、SUGAMOプロレスのクラッシャー猪馬会長から「オーディションを受けてもらう」と言われた。
覆面デビュー戦──“負けても、俺は今、立っている”
SUGAMOプロレスのオーディション。
コスチュームを持って巣鴨の闘道館へ行き、見事合格した。
人前に立った経験ゼロの歯科技工士が、お笑いプロレスの舞台へ足を踏み入れたのだ。
憧れの舞台、そしてデビュー戦……負けた。
でも、リングの上で立ち上がったとき、確かに心は震えていた。
「夢は終わってなんかいなかった。ずっと、自分の中にいたんだ」
次戦では、いきなりメインイベントに抜擢。
タイトルマッチという大舞台にも立たせてもらった。
SUGAMOプロレス会長・クラッシャー猪馬とのシングルマッチもやった。
「うちの会長、まだ1回も勝ったことがないらしいんですよ」
「俺もしかして……勝てる?」
彼は、プロレス人生で初の勝利した。
リング上で歓声を浴びながら、かつて自分を否定した言葉を思い出していた。
「家から出ていけ」
「芸人なんて許せさない」
勝利の瞬間、全部跳ね返してやった。
彼を蘇らせたSUGAMOプロレスでの話は後編「『夢は、大人だって見ていい」——モリエル・デスペラード、覆面の下に込めた”本当の叫び”」でご覧いただけます。
【インタビュイー】
モリエル・デスペラード(SUGAMOプロレス所属)
X:https://x.com/Suzukigun_KING1
SUGAMOプロレス:https://x.com/sugamo2018
【インタビュー/執筆】
眞木優(ライター)
YouTubeチャンネル::https://www.youtube.com/@urakaidouch
