脳科学者がガチで考えた「酒に飲まれない飲み方」~絶対禁酒から嗜みへ~
リード文
私は30年間、ほぼ毎日、かなりの量のお酒を飲んできました。大量飲酒の弊害がいよいよ無視できない状態になり、いったん5か月の完全禁酒に切り替えました。自分で生活をコントロールできる感覚を取り戻したあと、もう一度考えました。飲まない方が安全です。それでも、美味しいお酒を大切な人との時間の中で楽しみたいと思いました。本稿では、わたしが辿った完全禁酒から節酒へ移る道筋を紹介します。飲酒再開から、まだ3か月。これは成功談ではなく、現在進行形の個人的な実験です。アルコール使用障害、離脱症状、飲み始めると止められない経験がある方には、自己判断での飲酒再開を勧めません。医療機関や依存症の専門家に相談してください。
30年の大量飲酒から、5か月の完全禁酒へ
以前の私は、酒量を減らそうと何度も試みました。全部、失敗しました。中年になりますと、さすがに体にガタがきます。午前中の仕事が進まない。眠りは浅い。血圧は上がる。太る。酔って失敗し、翌朝、自己嫌悪に陥る。
そこで、中途半端な節酒をやめ、いったん完全にお酒を断ちました。脳の癖を理解して、そこを逆手に取る戦略を取りました。その結果、驚くほどあっさり禁酒できました。これは自分でも意外でした。
完全禁酒に成功した方法については、前回の記事に詳しく書きましたので、ご覧下さると嬉しいです。
完全禁酒の先で、なぜ再度お酒を考えたのか
そもそも完全禁酒を決めた時から、一生禁酒を誓ったわけではありません。人生のある時期だけお酒を棚上げする、という選択をした人の話に、私は惹かれていました。
例えば、アン・ハサウェイは2018年に禁酒しています。二日酔いの朝に幼い子どもへ十分に向き合えないことが嫌だったそうです。彼女は、「人生に二日酔いを許せる余白ができたら、また飲むかもしれない」と答えています。
デンゼル・ワシントンの例も興味深いです。彼は撮影や役作りの期間には禁酒、仕事が終わると数か月ワインを楽しむ、という生活サイクルを繰り返すそうです。自宅には約1万本を収めるワインセラーまであり、さすが、オスカー俳優。スケールが桁違いです。
極小スケールですが、私も似たことを考えていました。
ぶくぶくと太った体を、昔のスレンダーな状態に戻す!!のは無理だとしても、少しはマシにする。自分の生活に対するコントロールを取り戻す。
そこまで来たら、再び飲むか考える。その結果、一生禁酒でもよいし、また飲むかもしれない。その時に決めよう。
だから、家の2台のワインセラーも、中にぎゅうぎゅうに詰まったコレクションも、そのまま残しました。そして、完全禁酒があっさり成功した今、考えました。同じように脳をハッキングすれば、適切に飲酒できるのでは?
完全断酒と節酒:アルコール依存症治療では何が勧められるか
ここは、個人の根性論で考えてはいけません。アルコール使用障害は、意志が弱い人の問題ではありません。アルコールの薬理作用と、長年の学習・習慣、身体・心理・社会的要因が重なって生じる病態です。
日本の「新アルコール・薬物使用障害の診断治療ガイドライン」では、最も確実で安定した治療目標は断酒とされています。一方、軽症で明確な合併症がない場合には、医療者の支援のもとで飲酒量低減を治療目標にできることもあります。
英国の公的な診療ガイドライン作成機関NICEも、アルコール依存症の大多数では断酒が適切な目標としています。
米国の具体的なデータも見てみます。大規模試験のアルコール依存症患者1,226人の解析です。治療開始時に本人が選んだ目標を、「節酒」「条件付き断酒」「完全断酒」の3つを比較しました。

その結果、完全断酒の群は、断酒日率、大量飲酒へ再発するまでの期間、総合的な臨床転帰のすべてが最も良好でした(↑)。条件付き断酒が中間、節酒が最も予後不良でした。ただし、目標は無作為に割り付けられていないので、「完全断酒を選んだから成績が良くなった」と言うにはエビデンスが足りません。それでも、完全断酒が、良い転帰を予測する強いデータです。
「なぜ節酒の方が難しいのか?」を説明するデータもあります。2022年に『Addiction』誌へ掲載された、38件の実験室研究を統合したメタ解析です。

対照飲料と比べ、最初の一杯に相当する少量のアルコールを飲むと、その後の飲酒量と、「もっと飲みたい」という渇望が増えました。いずれも小〜中等度の効果ですが、統計学的には有意です。要するに、節酒では、一杯飲んでしまうと次の一杯へがより強く欲しくなる。そして、完全禁酒では、そのような渇望の上乗せ部分が無いので有利だという考察です。
ただし、このメタ解析の中心は実験室研究です。実生活での再発率を直接証明した研究ではありません。ですから、「一杯飲めば必ず再発する」とは言えません。それでも、最初の飲酒が次の飲酒への動機を平均的に高める、という方向性は、複数研究で再現されています。
こんなデータを見てしまうと、また考え込んでしまいます。
うーん。どうしよう。
飲み始めたら、また大量飲酒へ逆戻りなのでは?
それでも、お酒には魅力がある
飲酒のデメリットは、よく分かっています。太る。肌がくすみ、むくむ。血圧が高くなる。眠りが浅くなる。翌日のパフォーマンスが落ちる。酒の席で失敗することもある。そして、壮大な自己嫌悪になる。
では、お酒の魅力を改めて考えます。まず、飲み物として優れています。良いお酒は、五感全体を満たします。ボトルやラベルを視覚で楽しむ。栓を開ける。立ち上がる香りを感じる。グラスに注がれる音を聞く。光に透かした色を眺める。そして、料理と一緒に、ゆっくり味わう。

・冷えたシャンパーニュと、生牡蠣。自然の塩気、海の香り、ミルクのような濃厚さへ、レモンの酸味が切り込み、細かな泡が喉を潤します。
・表面だけを香ばしく焼いた牛ヒレ肉に、甘酸っぱいバルサミコソース。そこへ、果実味とタンニンを持つ赤ワインが絶妙なハーモニーに奏でる♪
やめましょう。よだれが出ます。
こんな組み合わせで突撃されたら、負けるしかないです。完敗です。
食卓は、お酒がなくても完成します。しかし、料理とお酒の極上マリアージュは別格です。武士は食わねど高楊枝なんて言ってられません。
親しい人と飲むお酒も、本当に楽しいです。少しだけふわっとし、緊張が緩み、普段より余計なことを話し、バカみたいなことで笑う。
旅先の酒もそうです。日本酒はもちろん、ワインも最近どんどん美味しくなっています。その土地の水、気候、食文化が凝縮されています。そこまで来たのに一滴も味わえないとは、経験の機会損失と思ってしまいます。
ならば、酒を人生から完全に追放するのではなく、主導権をこちらへ戻したまま、再び迎え入れられないだろうか。ダメなら、また完全禁酒へ戻ろう。負ける可能性も認めたうえで、挑戦する価値がある戦いだと考えました。
酒に飲まれないための脳科学
私が立てた基本戦略は、二つです。
戦略1:絶対に大量飲酒へ戻らないと決めること。
戦略2:前頭前野の意志力だけで戦わず、背側線条体をつかった習慣へ。
これは、前回の禁酒法と原理原則は同じです。
戦略1 大量飲酒には、絶対に戻らない:まず、以前の自分がどれほど酷かったかに対峙します。頭が働かず、午前中を潰す。食欲が暴走する。酒、しょっぱいもの、甘いもの、という悪魔の無限三角ループ。血圧が上がる。太る。醜くなる。酔った勢いで余計なことを言い、翌朝、自分を責め続ける。あの状態には、戻らない。
戦略2 前頭前野だけで戦わない:人間は、毎回ゼロから意思決定をすると疲れます。今日は飲むか。もう一杯飲んでよいか。いや、やめるべきか。いわゆる「決定疲れ」です。
こうした判断を、その都度、前頭前野の理性だけに任せていると、負けます。仕事で疲れている日。嫌なことがあった日。旅行中。祝い事。脳は、飲むための言い訳をいくらでも作れます。
そこで、絶対ルールを作り、同じ選択を繰り返します。習慣形成には背側線条体を含む大脳基底核の回路が重要です。意思決定の回数を減らし、あらかじめ決めた行動を選びやすくすることです。自動運転が脱線しないようルールが必要です。
ルール1 翌日が仕事の日には飲まない:理由は単純です。仕事のパフォーマンスを落としたくないからです。だるいと、論文を書くような難しい仕事は午前中には出来ません。ただし、学会の懇親会など、仕事と会食が一体化する場は例外にしました。気心の知れた友人・戦友とのお酒は、貴重な情報交換の場でもあります。そこで、飲む前に上限を決めます。ワイン換算でグラス3杯までです。その場で都合よく例外を増やすのは禁止です。それは、ただのなし崩しです。
ルール2 二日連続では飲まない:これは絶対ルールです。今日飲んだら、翌日はどんなことがあっても飲まない。お酒を飲むことが連日続けば、「特別な楽しみ」から「いつもの習慣」へ変わります。せっかく意思決定を減らすために作り上げた習慣の回路が、今度は飲酒の習慣になったら困ります。せっかく、背側線条体が味方になってくれたのに、敵になるようなものです。
なお、「二日連続」という数字自体に、医学的なエビデンスがあるわけではありません。私の主観です。
旅行や学会では、これが意外に難しい。学会は3日、4日と続きます。旅行はもっと長いこともあります。「旅行中だから」「せっかくだから」と毎晩飲めば、簡単に連続飲酒へ戻ります。そこで、飲む日を先に決めます。旅行なら、最も楽しみにしている店へ行く日。学会なら、本当に大切な会食の日。それ以外は飲まない。先に決め、その場で考えないようにします。
ルール3 お酒の機会を再定義する:お酒の位置づけを変えました。以前は日用品でしたが、今はご褒美です。良い料理と合わせ、大切な人と幸せに味わう。極上の機会へ再定義しました。
以前の私は、居酒屋もこよなく愛し、株主優待を全力で満喫していました。
テンアライド:「てんぐ」で、味の濃い焼き鳥とハイボール。
ユナコレ:「てけてけ」で、味の濃いもつ焼きとハイボール。
大庄:「大庄」で、刺身と日本酒。
コロワイド:ステーキ宮で、お肉と赤ワイン。
クリレス:磯丸水産で日本酒と磯焼き。
一人でこれらの店へ行き、Netflixを見ながら暴飲暴食するという、「どんだけお一人様を満喫しているの?!」という生活を、週1はしていました。
終わってます。
この生活を、きっぱりやめました。
株主優待は、今も健在です。しかし、使い方が変わりました。
テンアライド:「磯吉食堂」で焼き魚ランチ。もちろんお酒なし。
ユナコレ:「新太郎」で出汁を感じる海鮮丼。もちろんお酒なし。
大庄:「大庄」で刺身と海鮮サラダ。お酒なし。
コロワイド:「かっぱ寿司」でお寿司と緑茶。
クリレス:「磯丸水産」で磯焼きとノンアルコールビール。
ルール4 一人では家飲みをしない:旦那様がいない日に家で飲まないことです。単身赴任なので、一人が多く危険です。外で飲むより、自宅の方がよほど危険です。リビングには、ワインセラーがキラキラと輝いております。

一人で一本開け、二本目も開けます。他人の目もなく、止める人もなし。少し酔えば、判断力は落ちます。「せっかく開けたのだから」「明日はそれほど忙しくないから」。飲んでよい理由など、脳は簡単に作ります。ただし、旦那様を監視役や治療者にするという意味ではありません。お酒を「一人で量を追いかける行為」ではなく、「誰かと質の高い食卓を共有する場」にするための環境設定です。
ルール5 ルールを破っても、翌日から再開する:これは最も重要なルールです。万が一、ルールを破っても、落ち込まないで、翌日には、また同じルールへ戻ります。
人の認知には、「全か無か」で考えやすい癖があります。「ルールを破ってしまった。私はやはり駄目な人間だ。どうせ無理だから、飲んでしまおう」。一度の逸脱を、人格否定や全面的な失敗へ膨らませます。しかし、一度の失敗で、それまでの努力や、未来まで放棄する必要はありません。
失敗をなかったことにはしません。何が引き金になったのか、ルールに無理がなかったかを感情的にならずに振り帰ります。でも、自己嫌悪で自分を罰することはしません。自分を責めて良いことなど無いからです。リセットして、翌日から再開する。習慣を守るうえで大切なのは、一度も脱線しないことではなく、脱線したときに早く元の線路へ戻ることです。
ただし、逸脱が繰り返される、飲酒量が増え続ける、飲酒を隠す、あるいは自力で戻れない場合は、単なる「一度の失敗」と片づけません。それはルールの再設計や専門的な支援が必要なサインです
節酒開始から3か月
ルールを繰り返すうちに、少しずつ自動運転に乗ってきました。

正直、完全禁酒よりは難しかったです。「飲みたい……」と思う日もありました。それでも、少なくとも3か月、すべてのルールを守れています。体重は全く増えていません。二日酔いもありません。血圧も正常です。
しかし、「克服した」とは書きません。現在進行形の実験です。
この記事は、アルコール使用障害の治療法や、断酒中の方への飲酒再開を勧めるものではありません。安全な目標は、飲酒歴、重症度、身体疾患、精神症状、家庭・社会状況によって異なります。
また、この方法は、誰にでも勧められる方法ではありません。飲酒量や頻度が増える。例外が次々に増える。飲酒を隠す。飲まないと手の震え、発汗、不眠、吐き気、強い不安などが出る。こうした変化があれば、意志の弱さではなく、治療方針を見直すべき医学的なサインです。必ず医療機関や依存症の専門家へ相談してください。離脱症状が疑われる場合は、急な断酒が危険になることもあるため、医療の管理が必要です。
おわりに:お酒から自由になる
正直、できるかどうか心配でした。しかし、今のところ、穏やかに続いています。5か月の完全禁酒によって、お酒のない生活基盤が出来ていたことが効いています。
もう一つには、禁酒中に身につけたマインドフル・イーティングが効いている気がします。味と香りを深く感じる。一口ずつ、そこへ意識を置く。すると、「もっと量がほしい」という感覚が弱くなり、「今の一口がおいしい」という質を求める感覚が強くなりました。たくさん飲むことより、一杯を丁寧に味わう方が満足できる。これは、以前の私にはなかった感覚です。
酒を飲めることが自由なのではありません。飲まないことも、飲むことも、自分で選べる。その状態が、自由なのだと思います。
皆さまは、お酒とどのような距離を取っていますか。人によって、心地よく安全な距離は違います。差し支えなければ、ご自身の工夫や考えをコメントで教えてくださると嬉しいです。
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