共生の黎明 #44 第13章 第5節:声を編む会議 連続小説
市庁舎の一角にある会議室。
木目のテーブルと白い壁。
晴れた日の午後、窓から入る柔らかな光の中で、十数人の姿が円を描くように並んでいた。
ここは、地域連携課が主催する意見交換会。
参加者は、市職員、福祉・教育・医療の現場からの代表、地域商店街の協力者たち。
誰もが、あの新しい仕組み「アヤ/ユラ」について、何らかの接点を持っていた。
「……最近は、福祉センターだけでなく、近隣の小学校や図書館でも試験的に導入され始めています。
利用者や現場の職員からも、“使い方が自然で、ありがたさが目に見える”と、好意的な声が寄せられています」
地域連携課の担当者が静かに説明する。
あるベテランの医師がうなずくように言った。
「医療の現場でも、患者さんやご家族、看護師同士のちょっとした“ありがとう”が積み重なることで、精神的な支えになることがある。
こういう目に見える仕組みは、介護や在宅医療でも応用できるかもしれないね」
「でも、ただの“ありがとう”を数値化するってことに、抵抗を感じる方もいるのでは?」
教育関係者のひとりがそう問うと、隣の商店街の店主が応じた。
「たしかにそう思ってたよ。最初はね。
でも実際にやってみると、思ったよりも“数値”が目的にならないんだよ。
むしろ“この人に気づいてもらえた”って、嬉しくなる。そこに尽きるんだ」
その場に、少しだけ沈黙が流れた。
そしてある職員が、手元の資料を静かに広げる。
「……こちらをご覧ください。
これは、私たちが提案している“地域協力ポイント制度”の概要です」
用紙には、こう書かれていた。
【地域協力ポイント制度・試行案】
名称:アヤ/ユラ協力ポイント制度(仮称)
目的:地域内の“共助”を促進し、公共サービスや地域経済と連携する新たな仕組みとして試験導入を行う。
対象:アヤ/ユラに登録した個人・団体。
内容:アヤ/ユラの授受履歴に応じ、一定量ごとに「協力ポイント」を還元。
利用範囲:市立の公共施設、地域商店街、介護・福祉の一部連携施設等。
備考:現金との交換性はなく、利用は地域内に限る。
読み上げた担当者が、言葉を続ける。
「通貨ではありません。ただのポイントです。
けれど、“目に見えない価値”に光を当てることが、この制度の本質だと、私たちは考えています」
その言葉に、円卓の空気がふっと和らぐ。
ある年配の女性が、ゆっくりと語った。
「私は今、ひとり暮らしの高齢者に週一回、お弁当を届けています。
それはもう、ずっと昔からやっていることだけれど……
この“アヤ/ユラ”が来てから、受け取ってくれた方が、わざわざ『ありがとう』を返してくれるようになったの。
それがなんだか、すごく……嬉しいのよね」
誰もがうなずいた。誰もが、自分の中の“灯”を思い出していた。
この会議は、制度設計の場ではある。
けれど、同時に、失われかけた“人と人のつながり”を、言葉で、表情で、確かめ合う時間でもあった。
そして、最後に一人の若い職員が言った。
「“通貨”という言葉の前に、“信頼”が必要なんだと思います。
アヤ/ユラは、その信頼の種かもしれませんね」
そうして、会議は静かに幕を閉じた。
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