短編小説『It’s a piece of cake.』
4月14日
心のスイッチがカチッと音をたてて動きを止めた。
もう何も感じたくないと、僕の奥の声が言った。僕はうれしさや楽しささえも、感じたくないし、感じなくていいと思った。今日の夕食は大好きなカラアゲだったのに、おしいしいと感じないまま食べ終わった。お母さんの手伝いをして歯磨きをしてベットにもぐりこんだ。
疲れているのに眠れない。どうせ眠れないなら、起き上がって日記を書こうと思った。今、僕の心は動きを止めてる。実際起こったことを書いておけば、僕がいなくなっても、少なくともお母さんだけにはわかってもらえるかもしれない。
学校は嫌いじゃなかった。だけどどうしてみんなと同じ動きをしなきゃいけないんだ?僕は国語の時間にみんなの前で朗読をしなきゃいけなかった。どうしても発音できないところがあって、先生にはちゃんと読みなさいと言われ、みんなは笑った。僕はちゃんと読んでるつもりなのに、発音がダメだと先生が言う。僕は僕の言葉でしゃべっている。なにが悪い?なんで伝わらない?こんなことは今までたくさんあった。何かを伝えようとすると、言葉が止まり息詰まって声が出ない。話してもわかってもらえない。言葉が足りないのはわかってるけど、どうしたらいいのかがわからないんだ。
今日の授業中の出来事で、完全にスイッチが切れた。自分でも情けないと思う。かっこ悪いと思う。だけどそれさえも実感として感じることができない。
心が死んだら僕も死ぬのだろうか。楽になれるのならそれでもいいと思う。
でも今は何も感じない。
少しでも寝てみよう。明日は学校に行くのかも、明日考えよう。
4月15日
弟は池に住んでる。まだ足も手もない。幼稚園を楽しんでるし、人気者らしい。そりゃそうだろう。幼稚園はおたまじゃくししかいないし、弟はよく笑って怖いもの知らずで、たまにゲンゴロウから狙われてる仲間のおたまじゃくしを助けてる。「楽勝」らしい。どうしてそんなに自信があるんだろう。
僕は幼稚園の時から他の生き物が怖かった。今の学校はいろんな種類のカエルだけじゃなく、ヤモリやカメレオンがクラスメイトにいる。水と土、両方がないと生きていけない僕たちの学校。みんな大きな音が苦手だけど、よく歌う。合唱大会で優勝したチームにいたウシガエルのモーくんなんて、いつも堂々として大声で笑ってる。僕みたいにすぐカラダの色を変えたりしない。
僕は今日も学校に行く道をトボトボと歩いた。みんな何が楽しいのかぴょんぴょん跳ねている。たまに空を見上げると、ハチがブンブン飛んでいる。僕は地を這うように歩いて学校に到着した。教室に入れない。
先生は保健室に行くか?と聞いてきた。僕は家に帰りたかったけど、今日はお母さんが仕事で遅くなると言っていたし、僕が早退したら心配して帰ってきて叱られる。
「なぜお母さんの仕事の邪魔ばかりするの?病気じゃないんでしょう?」
そうだ。お母さんの言う通り、カラダはまだ動いてる。心は止まってるけどね。
適当な言い訳をするぐらいなら、学校にいることにする。心が動かないのなら、何も感じないし怖くもない。
いつものようにごはんを食べて、手伝いをして眠るんだ。
4月16日
朝、学校に着いても教室に入れない。僕はトボトボとその辺を歩いていたら、ウシガエルのモーくんが声をかけてきた。
「おはよう。ガモ(僕の名前だ。学校ではあんまり呼ばれないからビックリした)最近、元気ないな。(僕が元気だったことがあった?!)今日の昼休み、ちょっとだけ秘密の場所に行かないか?」
人気者のモーくんが僕を誘ってくれてるのもビックリだけど、どこかに誘われたのも驚いた。反射的にうなずいた。ゲコっと声が出たけど、モーくんは気にしないでいてくれた。
給食を食べ終わると、モーくんが手招きしてる。こそこそとついて行ってついたところは図書室だった。
「この本を読んだら、オレ…なんだかみんな『かぺってる』ことに気が付いたんだ。あ、かぺるって『楽しくがんばる』みたいなことさ。その本に書いてあるよ。ガモは絶対気に入ると思う。だっておまえはいつも真面目にがんばってるもんな」
僕は心底、驚いてまたゲコっと唸った。どうしてモーくんは僕のことそう思うんだろう。僕のがんばりはいつも誰かに笑われるだけだった。弟みたいに楽勝だなんて思ったこともない。ただみんなみたいにフツーになりたいばっかりで空回りしてた。
モーくんが渡してくれたのは、古い漫画の本だった。
僕は黙ってうなずいて本を開いた。こんな時も声が出ない。
昼休みはあっという間に過ぎていった。チャイムがなって教室に戻っても、その本が気になってしかたなかった。
それにしても「驚くこと」は心の動き?僕の心は動いたんだろうか。
4月17日
学校に行くとすぐ保健室に向かった。先生に図書室にいてもいいかと聞いてみたら、許してくれた。図書室は当然のように誰もいなくて、僕一人なのにたくさんの本に見守られているような気分になってちょっとホッとした。
昨日、モーくんが教えてくれた本は昨日と同じ顔をして並んでいたけど、僕には待ってくれてたみたいに思えた。
本のページをめくるたびにいろんな音がしたような、いろんな色が見えるような、そしてたくさんの「心」が動いていた。悲しい、さびしい、悔しい、うれしい、楽しい、そんな心たちが動いてる。そしてそれは自由に感じて選んでいいと言ってるみたい。そっか、僕の自由だけど、心を感じてもいいし、心にフタをするともっと鈍感になってしまうのかもと、まだぜんぜん読めてない本たちが教えてくれてるような気がした。
でも臆病な奥のほうでうつむいてる僕が言う。
「読んでる間だけは僕を応援してくれるけど、本を読んでない時間はいつもの現実が待ってるじゃないか。なんにも変わらないし、変わるわけがない」
いつの間にか給食の時間になったみたいで、保健室の先生が「給食は保健室で食べない?」って言ってくれた。うなずくと(やっぱり声は出ない)先生は教室に向かった。給食を取りに行ってる先生を遠くから見ていた僕に、モーくんが気付いて話しかけてきた。
「また昼休みに秘密の場所で」
昼休みの図書室。モーくんはハチ学校の友だちのことを話してくれた。モーくんの友だちのハチローくんは、最年少で宇宙に行ける資格をとったらしい。来週、出発式があると言う。
「ハチローも、この本を読んでかぺったんだ。負けそうになってもくじけないでがんばったんだよ。僕はハチローとはネットのサークルで知り合ったんだけど、僕のこともたくさん応援してくれる。ハチローがかぺってると僕もがんばろうと思えるんだ。
出発式に一緒に行かない?ガモもハチローと友だちになってほしいな」
ゲコっとむせた。いろんな考えがぐるぐるまわる。
ハチローくんは飛べるのにさらに高いところに行きたいの?
僕とモーくんは友だちなの?
ハチローくんは僕のこと友だちだと思ってくれるの?
小さい声で「お母さんに聞いてみる」と言い訳をした。
こわいよ。こわい。友だちになりたいのに、嫌われるのがこわい。みんな僕のことなんか友だちだと思ってないんだ。それは変わらないんじゃないか。
そんな僕の不安をわかったのかどうかはわからないけど、モーくんはにかっと笑って「かぺー」と言って教室に戻っていった。
僕は放課後まで本を読んだ。
4月18日
土曜日で学校が休み。
僕はあの本が気になってしかたない。学校に行きたいって思えるのはいつぶりだろう。お母さんにその本を「買って」なんて言えない。
しかもネットで調べたらずいぶん古い本だった。簡単に手に入らないのかもしれない。
4月19日
日曜日は家にあった本を読んだ。お父さんが持ってた本の中で僕が読めそうな本を貸してもらった。お父さんは僕が本を読みたいと言ったことを喜んでいた。僕は現実から逃げたいだけなのに。
海賊の話だった。夢中になっていたら、お父さんとお母さんは遠くから笑っていた。あれ?いつも叱られてばっかりだったのに、どうしてふたりともうれしそうなんだろう。
弟は相変わらず、ラクショーだぜ~と言いながら池を往復していた。
4月20日
学校に行ったらまず保健室の先生に言って(職員室と教室に行きたくない)、図書室に行った。今日は司書の先生がいた。僕が本を借りようとしたら笑いながら言った。
「その本はね。ずっと前に、君のお父さんやお母さんが学校に通っていたころに、読んでほしいって思った大人たちがお金を出し合って寄贈してくれたんだよ。たくさんの学校に。それを読んだ人はみんな、なぜか元気になったんだって。元気ってね、自分のもとの『気』になること、つまり自分を思い出して大事にして、少しづつでいいから進むことだよ」
すごいな。もしかしてお父さんもお母さんもこの本を読んだのかな。そして元気になったのかな。みんな僕みたいな、しょーもない悩みで心を止めたりしたのかな。
僕は僕だけがへんなんじゃないかと思ってたけど、この本を書いた人も読んだ人も、同じように心を動かしたのなら、僕は少しでも進めそうな気がした。
4月25日
ようやく100巻ぐらいあった全巻を読み終わった。
僕は少しづつ教室にも出て、モーくんはもちろん隣の席の子とも話すようになった。言葉は足りないかもしれないけど、伝えたい気持ちを大事にすれば伝わるんだなと思えた。
そして今日はハチローくんが宇宙へ旅立つ出発式の日。
ハチローくんはすぐに帰ってくるけど、もっと訓練したり勉強したりして、将来は宇宙旅行の添乗員の仕事がしたいんだって。
というのを、僕はハチローくんから直接聞いたんだ。
初対面のハチローくんと笑いながら話ができた!もちろんモーくんが話しやすくハチローくんと僕の間をつないでくれたことも大いにあるけど。
僕の心のスイッチはいつの間にか入ったらしい。そして本の中に出てくる言葉が僕たちの合言葉のように響いてた。
友だちになるのは『It’s a piece of cake.』楽勝だよ。
グーみたいな奴がいて、チョキみたいな奴もいて、パーみたいな奴もいる。誰が一番強いか答えを知ってる奴いるか?
***
◆あとがき
ミイコさんの『宇宙兄弟』寄贈プロジェクトのための「元気玉」を書かせていただきました。下手なお絵描きもガモの勇気を応援するために描いてみました。
少しでもお役に立てたら。そしてもしも応援(チップ)してくださる方がいたら(チップ…サポートがしっくりするんだけど)わたしも全額、寄付したいと思っています。
ミイコさん、お声掛けいただきありがとうございました!
※創作大賞に応募しようかと思ったら2万字以上だって。
もっと膨らませる?w
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ひきこもりの創造へ役立てたいと思います。わたしもあなたの力になりたいです★